吟遊詩人



人魚の島は静かだった。王の親子喧嘩が聞こえていたのか、周りに他の人魚の姿はない。
そんな静かな島の砂浜を、5人は黙って歩いていた。黙っているのは、前を行くウミがずっと口を開かないためである。
やがて、はあっと長いため息をつくとウミは足を止めて振り返ってきた。


「……すまん皆。少しムキになってしまった」
「えっと……父親とはいつもあんな感じなの?」


あらしが躊躇いがちに尋ねると、ウミは頭をかきながら答えた。


「お互い意見が合わなくてな……実は仲間とはぐれたのも俺が勝手に飛び出したからだし」
「意外に頑固だなおめーも」
「本気で意外ですね」


するとウミは、水平線へと顔を向けた。何か深く考えているのか、難しい表情だ。


「分かってるんだ。父さんが王として仲間のことを考えている事を。仲間を危険な目にあわせるわけにはいかないからな」
「王様も大変なのねー」


シロがそう言うと、ウミもうんうんと頷く。


「そうなんだ。だから俺は王には向いていないと常日頃思ってる」
「度胸もないし威厳もないし、情けないですからね」
「情けない言うな!」
「でも、上が3人とも姉だからウミが次の王様なんだろう?頑張らなきゃ」
「ああ、俺王位を継ぐ気はないんだ。全然」


さらりと言い放つウミを、4人はビックリして見つめた。その中でクロが戸惑いながら尋ねる。


「はあ?!継がねえって……んじゃあ王様はどーすんだよ?」
「マリー姉さんの婚約者に譲ろうと思ってるんだ」
「へえ、婚約者がいたのか……」


マリー姉さんというと、あのおっとりとした長女だ。まあそれができるのなら別に良いのだろうが。
すると、華蓮がぐいっとウミに詰め寄った。


「何てもったいない事するんですか!王になれるならなってしまえばいいでしょう!」
「い、いや、まず性に合わないし……」
「性に合う合わないは関係ないです!王になれば権力振りかざし放題贅沢し放題で毎日うっはうはなんですよ!」
「「おいおい」」
「だから、俺の性に合わないんだって……」


少々困った顔のウミ。確かに、ウミの性格は王というよりその子分だ。失礼だが。
と、その時、何処からともなく別の者の声が流れてきた。


「そう、王とは最も気高きもの、そして永久に孤独と生きる存在。選ばれたものだけがその王座につくことが出来るが、それによって失うものは数え切れぬほど……それはまさに選ばれたものだけが知る苦悩……。おお、何という運命なのだろう」


聞いていると思わず殴りかかってしまいそうになるキザったらしい台詞だ。
おまけにその声の主が、白い歯をきらめかせてポロロンとハープを奏でるキザったらしい金髪の男だったものだから、なおさらだ。
思わずくわっと振り返った4人の後ろで、ウミがあっと声を上げた。


「義兄さん、そんな所にいたのか」
「やあウミ、我が愛しいフィアンセマリーの弟君よ」
「「義兄?!」」


という事は、この男が噂のマリーの婚約者。そしてウミが王位を譲ろうかと思っている者なのだ。
…正直、この男が王になっていいものなのだろうか。
義兄はポロロンとハープを奏でながら名乗ってきた。


「君達が私の義弟と美しき友情で結ばれた仲間達か。私の名はポエット・オアスィス・リーベ・ウラノス。ポールと呼んでくれたまえ」
「あれ?名前……ウミより短かった気が」


どっちにしても長い名前だが、確かにこの義兄ポールの方が名前が短い気がする。
すると、ポールはまたハープをポロロンと一弾き。


「もちろんそれは私が王族では無いからさ。もし王になれば、もっと長くなるだろうね」
「へー、皆が皆、むやみに長いわけじゃないんだ」
「どっちにしろオレはまったく覚えらんねえけどな!」
「あたしもー!」


堂々と間違った事に胸をそらすクロとシロ。しかし、あらしも華蓮もウミのフルネームを言える自信は無い。
しつこくポロロンとハープを奏でていたポールは、そのままウミに向き直ってきた。


「ところで……またキング様と言い合っていたようだねウミ」
「……ああ」


しぶしぶ頷くウミ。この様子からすると、やはりしょっちゅう言い争いをしているようだ。


「互いの思いをぶつけ合う愛はまことに美しいが、ぶつけ合いすぎるのもいけないよ。ボロボロになってしまうからね」
「「愛……」」
「それは……分かってはいるんだが」
「一族を思い合っているというのにああ、それが激しくぶつかり合い相手に届かないとは!何という悲劇的な物語だろう」


ポロポロハープを奏でつつクルクル回るポールに、ウミ以外の4人は白い目を向けていた。


「オレこのままぐんぐにる突き立ててえ気分だぜ」
「撃っていいですか?脳天辺りを」
「人魚だから美味しいわよねー」
「皆抑えるんだ。僕も何か刃物のようなものがあったらうっかり斬りかかりたいほどなんだから」
「行動に表してみたいほどの燃え滾る激しい情熱だね。うーん、青春……!」
「義兄さん。刺身になる前に逃げておいた方がいいぞ」


ポールが今にも刺身にされてしまいそうな、その時。


「ウミ!……あら、それにポールさん」
「「!」」


いきなりの声に振り返ると、そこには息を弾ませたマリーが立っていた。きっと5人を追いかけてきたのだろう。
ポールは、ポロンとハープを鳴らしてから手を挙げた。


「やあ私の愛しいマリー。私の愛のメッセージが君に届いたのかな?」
「何を仰るのポールさんったら。愛なら毎日いつでも受信中ですわ」
「ああ、そうだね、私たちの愛は途切れる事など無い。年中無休だ。はっはっは」
「おっほっほ」


ここにもバカップルが存在したか。華蓮と紫苑もそれなりにラヴラヴだったがこの2人をそれを通り越してウザイ。
ウミが、こっそりこう言ってきた。


「実は父さんは、義兄さんの事をあまり快く思っていないんだ」
「だろうねえ……」


娘の相手がこんなのだったら、どんな父親でも嫌だろう。


「それでよく婚約まで出来ましたねこの人たち」
「義兄さんの粘り勝ちだったんだ」
「粘り?」
「毎日父さんの隣りでハープ鳴らして愛というものを語りつくしたらしい」


見たくも聞きたくも無い悪夢のような毎日だったろう。キングも気の毒に。


「でもあれが王様って……ちょっと、いや、かなり嫌だなあ」
「同感です。私なら迷わず群れを出ますね」
「まあ……あれでも結構いい人だから……多分大丈夫だろう」


自分も不安そうに、しかしフォローをしたウミはハッと何かを思い出したような顔になった。


「……そうだ、今気付いたんだが」
「「何?」」
「義兄さんは、王になりたいと思っているんだろうか」
「「おいおいおい」」


それを確かめずに王位を譲ろうと、いや、押し付けようとしていたのか。
そこへ話を密かに聞いていたらしいウザイ人が、ハープ片手に割り込んできた。


「孤独の運命、何事にも公平に生きる立場。確かに王という名を持つには少々の覚悟が必要だな」
「また来た……」
「しかし!どうしてもというのなら私はそれなりの覚悟を持っているとも」
「本当か義兄さん?」


どこか期待するようにポールを見るウミ。そんなに王が嫌なんだろうか。
ポールは自信の満ち溢れた笑みで大きく頷いた。


「ああ、何より、愛するマリーと共に王の座につけるからな」
「まあ、ポールさんったら」
「はっはっは。まあ、王になっても吟遊詩人はやめないがね!」
「……?ぎんゆー?」


聞きなれない単語にシロは首をかしげた。しかし、残りの3人、あらしとクロと華蓮は思わずゲッとなる。


「吟遊詩人ってあの……詩をあちこちで読んでる人のことだったよなあ」
「嵌りすぎだっつーのそれ!」
「まさかとは思ってましたけど……本当にあれなんですか」
「そんなにダメか?吟遊詩人は」


過敏な反応を見せる3人にウミが尋ねる。
こんなのと毎日一緒にいたせいできっと感覚が麻痺しているに違いない。慣れとは恐ろしいものだ。


「お前には天職だと言われたがね。まあ、たとえ王になったとしても、こうやって語る事は出来るさ。心配ない」


ポールは全く気にした風もなくポロロンハープを奏でる。さっきからハープがうるさい。
ハープの音を背景に、あらしは遠い水平線へと目を向けた。


「でも吟遊詩人の王って、珍しいんじゃない?」
「そりゃあそうですけどね。ただ珍しいだけじゃないですか」
「手厳しいね。だが珍しさと言うのは時として、それだけで1つの力となり得るのだから……」
「頭に鈍痛が響きます口を閉じなさい」
「……はい」


オオカミ女、吟遊詩人に勝つ。
しかし立ち直りが早いらしいポールは、少し項垂れた後体ごと海へと向けた。


「だが本当に、王になっても良いと思ってるんだ。私は」


今回は、何も飾らないただの言葉だった。だが、どこか心に響く音だ。
これだけは心からの声だったのだろう。ポロロンとハープの音色が聞こえてきたが。

吟遊詩人の頭に、一瞬だけ、王の冠の幻が見えた。

04/04/20