指輪



ドクロの旗を掲げた帆船は、1つの島に辿り着いた。そこは以前は無人島だったが、今はある人魚の群れが住んでいる。
島に横付けされた帆船に、やがて人魚達が集まってきた。


「人魚も結構いるもんだなー」


それらを眺めながら感心するクロ。華蓮もその言葉に1つ頷く。


「確かに。私は1家族ぐらいかと思いましたよ」
「人魚だって結構いるんだぞ。これでも減った方だし」


そんな2人にウミは帆船から降りながら言ってやった。
ちなみに、真っ先に地面へと降りて幸せそうに踏みしめているのはあらしだ。


「……!大地って、素晴らしいっ!」
「すばらしいー!」


その横で真似するように叫ぶシロ。ただ彼女は何か食べられればそれで良いのだ。
そこへ、身軽に帆船から降りてきたリーネがやってきた。


「さあ!お父さんとお母さんのところに行きましょ!」
「行きましょー!」
「でもここって無人島だったんだよね。どこにどうやって住んでるの?」


あらしが尋ねると、リーネはえへんと胸を張って答えてくれた。


「他の皆は木の下にテント張ったり洞窟に住んでたりするけど、うちはちゃんと家を作ったのよ!」
「へぇー」
「すごいわねー!」
「だって、そうでもしないとカッコがつかないじゃん!」


カッコがつかない?さらに尋ねようとしたが、後ろから来たセイに阻まれてしまった。


「そろそろ行くぞ、父様も母様も待ちくたびれてる」
「「はーい」」
「それでは、まいりましょう」


先頭のマリーに、姉妹も5人もあと他の人魚もぞろぞろとついていった。
やがて、そんなに行かないうちに前方に何かが見え始める。


「あー!あれがおうちねー!」
「そうですわ」
「へー!すげえなー!」


近づくに連れて、前方が見えてくる。
その家の目の前に立った時、あらしもクロもシロも華蓮も思わず大きく口を開けて見上げてしまった。
それは、緊急に作ったものとは思えぬ2階、いや、3階建ての立派な家だった。


「「………」」
「相変わらず、やるならとことんやるやつだな父さん」


ウミだけが呆けずにため息を1つ。これはとことんやれば出来る類のものなのだろうか。
と、その時、家から何者かが飛び出してきた。見た所父でも母でも無さそうなその男は、ウミを一目見るなり、


「おおおぼぼぼぼっちゃーん!いいい生きてらしたんですねーっ!」
「ガブン!」


ラリアットを思いっきりかましつつウミに飛びついていった。それを見て、朗らかに笑うマリー。


「あらあら、セバス・シャンったら」


どうやら誰も止めてくれそうに無いので、ウミは自分でその男を引き剥がした。


「おっおいセバス。頼むから首を重点的に締め付けないでくれ……!」
「ああっ嬉しさのあまりつい!おっと、こうしてはいられませぬ!旦那様ーっ!奥様ーっ!」


また家の中に戻っていった男を見ながら、クロがこそっとウミに話しかけた。


「……おい、ウミ」
「ん?」
「お前今、あいつにぼっちゃんとか言われてなかったか?」
「ああ、セバスだからな」


果たしてそれは理由になるのか。すると、家から再び誰かが出てきた。今度は2人。
怖いぐらいウミに似た男と、3姉妹にどこかそっくりな女。これは、やはり……。


「……ウミ?!ウミなの?!」
「父さん、母さん」


やっぱり。母親が、ダッとウミに駆け寄ってきた。そして、


「今までどこ行ってたのこの子ったら!」
「ブゲフッ!」


セバスとか言う男に負けず劣らずのラリアットをかます。二度も食らったウミはさすがにひっくり返ってしまった。
そんな親子愛を目撃してしまった4人は。


「「………」」
「……やっぱり、どこの母ちゃんも怖ぇな……」


固まってしまっていた。クロなんかは何かを思い出しているのか、心なしか縮こまっている。
そこへ、4人の元へ父親がやってきた。


「皆さん、我が息子を助けてくれたそうで。どうもありがとう」
「「い、いやいや」」


助けたといっても干からびている所に水をかぶせただけなのだが。


「私はメンター・アクリス・ラー・イルダーナ・ノーブル・エイギル。キングの愛称を受け継いだ海人魚の王だ」
「「……はい?」」


目を点にする4人に気付くことなく、今度は母親が名乗ってきた。


「私はマリア・アクリス・ラー・イルダーナ・ネプチューン・エイギル。クイーンの愛称を受け継いでいるの」
「「……ええ?」」


父がキング、母がクイーン。では、その子どもは?


「「……えええええー?!」」


4人は、ひとしきり叫んでからキッとウミに向き直った。


「「ウミーっ!」」
「……あれ、言ってなかったか」


ウミはうっかりうっかりと頭をかく。
つまり、ウミは人魚の王の息子で、偉いやつだというわけだ。


「って事は」
「「王子ー!」」
「いや…そんな大層なものじゃないんだがな……」
「十分大層だろうがてめえ!ふざけんな!」
「そういう事は早めに言っておいて下さいよ。心臓に悪い……」
「うわ…どうしよう、ウミが王族とか想像も出来ないし」
「ウミすごーい!やっぱり王子サマって美味しいものなのねー!」


散々騒ぎまくる5人を、父母と姉達は戸惑いながら眺めていたのだった。





とりあえず、と、父母姉3人と5人は家の中へと入った。さすが王が住むだけあって中は結構な豪華さだ。


「自分の身分とか本名とかはキチンと名乗らなきゃいけないって、あれほど言っておいたでしょう。まったく」


クイーンが説教するようにウミに言うと、ウミは少々眉を顰めさせながらブツブツ文句を言った。


「別にわざわざ名乗るようなものじゃないだろ。それに俺は……」
「またあなたそんな事言って、昔から変わらないんだから」


何か言いかけるウミはおかまいなしにクイーンは次々と言葉を発していった。よく喋る女王だ。
そこへ、キングが止めに入ってきた。


「よさないか、客人の前で」
「……あらそうだった、ごめんなさいね」


あわてて謝ってくるクイーン。すみの方でリーネがまったくもう、という風に肩をすくめて見せている。よくある事なのだろう。
妻を静めると、ウミに激似の父親は息子に向き直った。


「まあ外で名乗らなかったのは正解だった。聞いたものが何を考えるか分からないからな」
「………」
「あまり外のものを信用するな。今回は運が良かった。だが次は、何をされるか……」


4人はこっそり顔を見合わせた。人魚は他の種族を嫌っているらしかった。いや、人魚以外のもの全てを。
クイーンはキングの言葉に相槌を打ち、3姉妹は大人しく話に耳を傾けている。
だが、ウミだけが父親を睨みつけるかのようにじっと見つめていた。


「……そうやってずっと殻に閉じこもるのか?」
「何?」
「人魚は内にこもりすぎだ。もっと周りを見るべきだ!」
「ほう……それで、どうしようと言うんだ」


父と息子が正面から睨み合う光景を、まわりは怯えながらも黙って見守る事しか出来ない。


「それで、探すんだ。病気を治す方法を、ナミダを!」
「見つかると思うのか?」
「思う、世界はかなり広いし、沢山の人もいる」
「馬鹿な。人魚がこのように隠れて生きなければならなくなったのは誰のせいだ?他の種族のせいだ!」
「それは……」
「我々は我々で生きていくしかない。所詮相容れない存在なんだ」
「っ!違う!」


とうとうウミがキングに掴みかかった。しかし、誰も止める事が出来ない。


「たしかに悪い人間もいる。でも、それは人魚だって同じだ!悪い奴がいれば良い奴だってかならずいる!」
「それはいたとしても、ごく少数だ」
「ああ、少数でもいい、でも少なくともそいつらとは分かり合える!」
「その前に人魚は絶滅してしまうぞ」
「どのみちこのまま閉じこもっていては、人魚は消えてしまうだろ!」


父と子は睨み合う。じっと、己の主張を突き通すかのように。しばらくして、ウミが言った。


「……俺は、もう一度外に行く」
「やめろ、行くんじゃない」
「嫌だ。俺は諦めないからな。このまま消えていかせるものか」
「これは命令だ」
「聞くものか!」


バッと身を翻したウミは、そのままズンズンと出口へ歩いていった。その途中に、4人に声をかける。


「いくぞ皆」
「お?お、おう」
「待ってよー」


勢いに押されて、4人は慌ててウミの後をついていった。残されたのは、人魚の王とその妻とその娘3人だけだった。
ふと、キングが出入り口付近に何かが落ちているのを見つける。


「……これは……」


それは宝石だった。5人がピエールサーカス団の団長から貰った、あの宝石。
ドタバタしていてうっかり落としていってしまったようだ。キングははっとして自分の懐から何かを取り出して、宝石と見比べた。
それは、指輪だった。


「この輝き……この指輪、まさか!」


キングの手の中で、指輪の石と宝石が共鳴するようにキラリと光った。

04/04/09