海賊の島
一瞬、誰もが今起こっていることがわからなかった。あまりにも突然の事に、皆思考回路が止まってしまったのだ。
何てったって、今まさに飛びかかろうとしていたタコが、全員大人しくなってしまったのだから。
そのタコの視線を浴びている者とは、
「……は?」
やたらと引き腰になっているウミだった。そう、ウミが思わず「やめろ」と叫んだその瞬間、タコたちが動きを止めたのだ。
なので、自然と視線はウミへといく。
「「………」」
「ウミ、お前……タコの親玉だったのか?!」
「違うっ!確かに人魚はタコを使ったりするがこいつらは知らない!」
「タコの知り合いが他にいるわけですか……」
とりあえず、タコはもう襲ってこないようだ。ひとまず助かった。
はあっと胸をなでおろしていると、他の乗客の1人が水平線の方を指差した。
「あっ!あれは何だ?!」
「「え?!」」
「船だ!」
どやどやと人々が船の縁へと集まる(やっぱりあらしは来なかったが)。見えるのは、こちらへと近づいてくる1つの帆船だった。
黒いドクロの旗を掲げた、海賊船っぽい帆船。
「「………」」
しばらく時が止まった。と思ったら、船上は一気に大パニックとなった。
「あっあれは海賊船だー!」
「海賊がこっちに来るぞー!」
「まさかこのタコも海賊がけしかけたものなんじゃ……!」
「お助けーっ!」
人々がオタオタする中、5人も結構オタオタしていた。
「ねーカイゾクって何、何ー?」
「船を襲って略奪していく連中の事ですよ。これは……ピンチですね」
「ま、マジでか?あれ海賊なのか?!」
「沈むー!沈むー!死ぬー!」
「何で行ってしまったんだ勇者……」
そうこうしているうちに、海賊船はもう目の前にやってきた。乗客がガタブル震えていると、海賊船から威勢の良い声が飛んできた。
「オラオラオラー!命とられたくなかったら金目のもの出しやがれ!」
言う事は立派に男勝りだが、声は女性のものだった。女海賊というやつか。
ヒーッと悲鳴が上がる中、ウミが首をかしげた。
「……ん?」
「どーしたのウミー?」
「いや……気のせいだと良いんだが……。いや、気のせいじゃなくても……」
ブツブツ言っている間に、海賊船から3人の女性が姿を現した。
「あらあら、タコさんたちやられてしまっていますわ」
「だからタコはやめようって言ったんだ。軟弱だし」
「えーでもあのぬめぬめは強力だと思ったんだけどなあ」
最初の声の主は、少々おっとりとした感じの美しい女性。
2番目の声の主は、ショートヘアーの美しい女性。さっきの声も彼女だろう。
3番目の声の主は、人懐っこい様子の、女性というより可愛い少女。
3人とも、一見海賊には見えないが。
「まあいい。私たちが直接叩けば良いんだから」
「お姉ちゃんの言う通りねっ!」
「この人たちが早く降参してくれれば、むやみな殺生はしなくてすむのだけれど」
「「ヒーッ!」」
言う事聞かなければやる気満々の海賊?に、全員ビビリまくっている。
この様子からすると、この3人は姉妹なのだろうか。
「最初に少しだけ、私たちの力思い知らせた方が良いんじゃない?」
「それもそうだな」
「それじゃあ、いきますわよー」
「「ギャアーッ!」」
勝手に話を進めて決めてしまった海賊?は、目を光らせてこちらへ迫ってきた。
乗客が逃げ惑う中、勇敢にも前へと出て行ったのは、何とウミだった。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ!」
「「!!」」
飛び出してきたウミに海賊たち?はビックリして動きを止めた。他の4人も、ウミの思わぬ行動に動きを止めている。
一番最初に動いたのは、ダッシュでウミに抱きついていった少女だった。
「誰かと思ったらウミじゃなーい!久しぶりー!」
「あらあら、ウミ、あなた生きていたのね」
「どこ行ってたんだこの馬鹿!干からび死んだかと思ってたんだぞ!」
「ぐっ!ちょ、ちょっ、く、苦し……痛っ!」
3人の女にもみくちゃにされているウミ。実に羨ましい光景だが、今はそんな事言ってる場合ではない。
4人は、ひそひそと囁き交わした。
「あの人たち、ウミの知り合いなのー?」
「し、知らないけど……海賊と知り合い?」
「ちきしょー綺麗なネーちゃんに囲まれてウミの野郎ー!」
「3人の愛人でしょうかねえ」
すると、ウミが苦しそうに、しかしどことなく嬉しそうに言ったのだ。
「それはこっちの台詞だ……一体どこに行ってたんだよ姉さん達」
「「……。……姉ぇ?!」」
「私はマキシム・アクリス・ラー・イルダーナ・ナイスィ・エイギル、愛称マリーですわ。どうぞよろしく」
「ミネルバ・アクリス・ラー・イルダーナ・ニンフ・エイギル、愛称セイだ。よろしく」
「3女メモリー・アクリス・ラー・イルダーナ・ノア・エイギルでーす!リーネって呼んでね!」
場所を海賊船の上に移して、まずは自己紹介。マリーと名乗るおしとやかな女性が上品に笑ってみせた。
「私が長女で、セイが次女、リーネが3女で、このウミが末っ子長男。仲良し4人姉弟ですの。もちろん、皆人魚ですわ」
「仲良し、ねえ」
「まあまあ、セイお姉ちゃん」
毒づくセイと名乗るショートヘアーの女性を宥めるリーネと名乗る人懐っこい少女。
その3人を見つめながら、華蓮がウミに言った。
「……お姉さんが3人もいらしたんですね」
「ああ……まあな」
「ギャハハハ!末っ子長男ってお前はまりすぎだっつーの!」
「笑うなっ!」
「でもウミがこんな仲良しなお仲間を見つけていて、良かったですわ」
じゃれあう5人を眺めながら、マリーがにっこりと笑う。
「きっと1人じゃ、のたれ死んでいたでしょうから」
「ああ、ウミだしな」
「そうね、ウミだものね」
3人姉揃って頷いている。やはりウミはどこでもこんな感じなのか。
ガックリとうちひしがれているウミは無視して姉たちは話を進めた。
「でもどうするのこれから?ウミ連れて帰る?」
「そうだな、母様と父様にも報告しなきゃいけないし」
「……ってそうだ!何故姉さん達はこんな海賊なんてやってるんだ?!」
立ち直ったウミが姉達に尋ねた。まったくもって、何故人魚が海賊船に乗って海賊をしているのか。
すると、姉3人は顔を見合わせた。
「何故って」
「こうやって生計立ててるから、お仕事かな」
「人魚も切羽詰ってるんですね」
「どこも同じなんだなあ」
「不況な世の中だものねー」
常に金欠の旅をしているもんだから、華蓮もクロもシロも同情するように頷いた。シロはタコをかじりながら、だったが。
ちなみに、あらしは同情する余裕も無いほど帆船に怯えていたりする。
「……まず、今どこに住んでいるんだ?」
「この近くにある無人島に今は住んでいるのよ」
あっさりと明かされた人魚の隠れ場所。するとウミが、少々心配そうに問うた。
「それで、その……皆、無事なのか……?」
そんなウミに対して、マリーがふんわりと微笑んで答えた。
「大丈夫、皆とても元気よ。例の病気も、広がってはいないから」
「そうか、よかった……」
「「病気?」」
その言葉に、4人が反応する。人魚の間で何か病が流行っているのだろうか。しかしウミは何も答えずに首を横に振った。
「何でもない。気にしないでくれ」
「ふーん……」
人魚は秘密主義らしい。とそこで、リーネが楽しそうに身を乗り出してきた。
「ねえ!ウミはまず来るとして、お仲間さんたちも来るでしょ?」
「「え?」」
「私たちの島、いわば海賊の島ね!ウミのお仲間だし、私は大歓迎よ!」
「あら、それはいいわね」
マリーもにっこり笑う。しかし、セイだけが苦々しそうな顔を作った。
「私は反対だよ。人間なんか、信用できないからな」
「あ、すまねえ、オレ人間じゃなくて悪魔」
「あたしもねー、一応天使よー!」
「人間は人間ですが、オオカミ人間なもので」
「ゴメン、僕は普通に人間だから」
「……。どっちにしたって余所者じゃないか」
一瞬驚いたセイは、しかしやはりOKはしなかった。それを見て、ウミが慌てて言う。
「姉さん。こいつらはかなり変わってるけど、少なくとも悪い奴らじゃない」
「「変わってる……」」
「どうだか。ウミ、あんたがまた騙されてるだけじゃないのか?」
この言い草だと、やっぱりウミは昔から良く騙されていたようだ。顔を背けるセイに、ウミは食い下がった。
「そっそんな事無い!前はたまたま騙されただけだ!」
「説得力が無い!」
「……っ。……少なくとも、俺は仲間だと思ってる」
「へえ……」
ウミの言葉に、セイは4人をじっと見つめた。そして最後にウミを見て、仕方ないという風にため息をついてみせる。
「……勝手にしろ」
「ああ、ありがとう姉さん」
「じゃ!皆で島に行きましょ!」
「行きましょ行きましょー!」
飛び跳ねるリーネとシロ。この2人は仲良くなれそうだ。少なくともウミの姉なのだから、リーネはかなり年上なのだろうが。
すると、クロがはっとして立ち上がった。
「あっ!なら箱こっちに持ってきたほうが良くねえか?」
「そうですね。もうこの船には戻ってこないかもしれませんし」
「あら、荷物がありますのね。それではタコさんたちに頼みましょう」
マリーが合図をすると、向こうの船に乗ったままだったタコたちがウネウネと動き始めた。
乗客の悲鳴が聞こえるが、ここは我慢してもらおう。
やがて、箱を上に乗せたタコたちがこちらの船へと戻ってきた。
「偉いわね、いいこいいこ」
「あ、ごめんなさーい、タコちゃんたち少し食べちゃったわー」
少々反省している様子で謝るシロ。しかし、その口にはまだタコの足をくわえたままだったが。
マリーは怒る様子もなく、にっこりと笑った。
「大丈夫ですわ。まだ沢山いるし、私たちも食べますから」
「「食用?!」」
「なんつーか……共食いみてーだな」
クロの発言に、心外そうに反論したのはウミだった。
「何言ってるんだ。タコもイカも魚ももちろん毎日食べるんだぞ人魚は」
「毎日なのか?!」
「常に水辺に住んでいるんだから当たり前だ」
「なるほど……確かにそうですね」
「おい、そろそろ出発するぞ」
セイがあちこちをタコたちと共に点検しながら呼びかけてきた。食べられる前に働くとは、健気なタコたちだ。
セイの言葉に、さっきからずっと縮こまっていたあらしはビクッと飛び上がった。
「しゅ、出発って……今から?この帆船で?」
「モチロンですわ」
「帆船って……さっきの船より……」
「確実にゆれますし、波もここまで来るかもしれませんね」
「もーやだー!陸に帰してー!」
その悲痛な叫びは通じる事もなく、海賊船は出発した。
目指すは、海賊の島へ。
04/04/01