勇者と魔王



潮の香りが漂うこの船乗り場には、大小さまざまの船が泊まっていた。
一番多いのは、山脈をはさんだ東の町への船だった。険しい山の道を皆避けて、海側を船で渡るためだ。
今も東の町へ向かう船に、逞しい船乗り達が荷物を運び入れている。

と、その中の1人が仲間たちに声をかけた。


「おーい、これも運び入れるのか?」
「はあ?」


船乗りが指しているのは、1つの大きなボロい箱だった。持ち運びが楽になるようにか、4つの車輪が付いている。
やたらとボロいその箱には、大きな三輪車やヒビの入ったタルや人一人入れそうな箱が4つほど乗っていた。


「ここに置いてあるんだから、運ぶんだろうよ」
「そうか、よし……おお?これは重いな!」
「まるで人が何人か乗ってるみたいだなー」


船乗り達は力を合わせて無事箱を船に乗せることが出来た。その中に、何が潜んでいるか気付く事も無く。






倉庫のドアが閉められ床が揺れ始めると、船が船乗り場から出発したのが分かった。
分かったとたん、ボロ箱に乗っていた箱からバカンと人?が飛び出す。


「っよっしゃー!成功ー!」
「やはり中身もチェックせずに乗せましたね」
「わーいわーい船ー!」
「ばれないものなんだな……」


そう、それは見事タダで船に乗り込むことが出来た5人だった。
船に乗る金も無かった5人は、荷物と共にこっそり忍び込もうという計画を立てていたのだ。
乗り物がこのオンボロ箱でよかったと心底思ったのは、今回が初めてだ。


「なあもうこの倉庫から出ても良いんじゃねえ?どーせ客だって思うだろうしよ!」
「いや、念のためにもうちょっと待ちましょう。見回りをしている船員がいるかもしれません」
「……あれー?あらしー?」


キョロキョロと見回したシロは、開いていない箱を覗きこんだ。


「何してるのー?もう出てきても大丈夫よー?」
「いや、ここにいた方が沈んだ時は安全かも……」
「余計沈んじゃうわよー!ほらー」
「いでででっ!ひ、ひっぱるなってシロ!」


無理矢理シロに引っ張り出されながらあらしは倉庫内を見回した。やはり倉庫なだけあって中は薄暗い。
周りには色んな箱が積み重ねられている。


「よ、よかった……水は見えない……」
「ああ、でもここは船の底でしょうから壁の向こうは海の中でしょうね」
「ひいぃーっ!」
「いじめるなよ華蓮……」


いつもいじめられているウミが不憫に思っていると、その背後でクロがガサゴソと他の荷物を勝手にあさり始めた。


「……って何してるんだクロ?!」
「こーんなにいっぱいあるんだから、一個何か貰ってもバチは当たらねーだろ?」
「バチは当たると思うぞ?!それにいっぱいあるのは乗客一人一人の荷物だからで……」
「だーっ!うっせえなウミ!今のオレらの全財産をいくらだと思ってんだ!」


それを言われるとさすがに言葉に詰まってしまう。ウミが迷っている間に、クロはさらに荷物をあさっていた。
やがて、1つの箱に目が留まる。


「何だ?これも人一人ちょうど入れそうな箱じゃねーか」


運命的なものを感じながら箱に手を伸ばした、その時、

バコン!


「っあー!もう出てきても大丈夫よね?」


ちょうど良いタイミングで蓋が開き、中から女が出てきたのだ。
手を伸ばしていたクロは、自然と女と目が合うことになる。そしてしばらくの間の後、


「ちっ違うのよ私はただ偶然箱に入ってただけで何もお金が無かったから隠れてこっそり乗ってやろうとかそういう訳じゃなくて!」
「お、おいおい待てよ!」


ベラベラ喋りながら逃げようとする女の腕をクロが慌てて掴む。見た所、女はどうやら旅人のようだ。


「オレたちは船員じゃねーって!旅人だ旅人!」
「へっ?」


クロの言葉に、女は目を点にして周りを見回した。そして、他に誰もいないことを確認すると、おそるおそる5人を指差し、


「……てことは、乗客?じゃあ何で倉庫に?」
「理由はまあ、あなたと同じだと思いますよ」
「……な、なーんだつまり金欠仲間ね!もーびっくりさせないでよ!」


船員じゃないと分かると、女はあはっと笑ってその場に座り込んだ。


「そっちは5人旅?いいなー仲間がいるって。ま、今の1人旅も勝手気ままで好きなんだけど」
「うんうん、良いよね1人旅」


女の言葉に思わず頷くあらし。今の5人旅もいいが、やはり1人旅も恋しい。


「あ、自己紹介してなかったわね。私はミーナ。勇者よ」
「私は華蓮です。で、黒いのがクロさん白いのがシロさん、震えてるのがあらしさんでタル背負ってるのがウミさんです」
「へー、個性的な集まりね」
「「ってちょっと待て!」」


勝手に話を進める自称勇者ミーナと華蓮に、あらしとウミは思わず同時につっこんだ。


「ゆっ勇者って?!何?!どういう事?!本当?!」
「船の上だからいつもよりハイテンションですねあらしさん」
「何?勇者に驚いてるの?今時勇者なんてそこら辺にいるわよー!」


パタパタと手を振って笑うミーナ。その腰には確かに剣がぶら下がっているが。


「ギルドで勇者の資格取ればなれるもの!まあ、多少手柄とか立てておかないとなれないけどね」
「そんなものなんだ……」
「オレも勇者見た事あるぜ。魔王の奴、魔王だからってよく退治されそうになんだよ」


とても魔王の下に使えているものの発言とは思えない事をさらりと言うクロ。
すると、ミーナがいきなりガバッとクロに掴みかかってきた。


「ぎゃーっ!な、な、何だよ!」
「魔王ってどういう事?!知り合いなの?!」
「あ?そりゃあオレ悪魔だし」
「悪魔!そう、そうだったの!なるほどっ!」


しきりに納得したミーナは、さらにズズイッと迫ってくる。


「で!あなたの魔王ってどんな人なの?教えて!」
「……まさか、魔王って何人もいるの?」
「おお、もちろん。地区ごとに1人ずつな」


地獄の地区は一体いくつに分かれているのだろうか。あらしはさらに尋ねようとして、やっぱり怖くなって止めた。


「えーと、オレんとこの魔王はなあ、比較的若かったかなー」
「ふんふん」
「で、殆ど一年中机に向かってるやさ男だ。本当に強いのかどうかオレは知らねえけど」


世の中にはそんな魔王もいるものなのか。
話を聞いたミーナは、ぎゅっと両手を握り締めて天井を見上げた。その目には、どこか星が散っているように見える。


「やっぱり……!きっとその人が、私の捜し求めていた魔王様だわ!」
「「……は?」」


その口調に、世界の平和を守るため云々の気配は微塵も感じなかった。


「1回ある町で偶然出会ったその日から恋に落ちたの!その人が魔王だって聞いたものだから剣の腕磨いて勇者になったんだけど!」
「……あの、1つ尋ねていい?」
「何?」
「君は、勇者だよね?」
「さっき述べたとおり、そうよ」
「で、その一目惚れの相手は、魔王なんだよね?」
「私の調べた情報によると、そうみたいね」


あらしに問いに、彼女は一つ一つコクコクと頷く。そんなミーナに、ウミが尋ねた。


「……それはつまり、敵同士って事じゃないのか?」
「やだあんた何言ってるの!」


ミーナはビッと指を突きつけて、勢いよく喋り出した。


「愛に人種も年齢も性別も身分も何も関係ないのよ!」
「そ、そうなのか?」
「多少は関係あった方がよさそうですがね」
「それに!敵同士とか、そんな障害があった方が恋は燃えるものなの!」


こぶしを振り上げ力説するミーナ。いくら勇者といえども、その中身はただの恋する乙女という事か。


「こうなれば会いに行かなきゃ!魔王様の居場所はどこ?!」
「地獄の四丁目にある城ん中に大抵はいると思うぞ」
「ありがと悪魔君!じゃあさっそく……」


とその時、船がグラッと大きく揺れ始めた。それと共に、上のほうから悲鳴のような声が聞こえる。


「な、何ですか一体!」
「ぎゃあーっ!とうとう沈むー!」
「上のほうが騒がしいぞ!」
「行きましょ!」


さすが勇者なだけあってミーナの行動は早かった。すぐさま倉庫から飛び出していったミーナを、5人は慌てて追いかける。
倉庫の目の前にあった階段を上ると、船の上に出る事が出来た。
しかしそこに広がる光景は、想像を絶するものだった。


「……タコ……?」


誰が呟いたか、まさにタコの大群が船の上にわらわらとうねっていたのである。これを見れば誰だって悲鳴を上げるだろう。


「な、何でこんなにタコが?!」
「美味しそーう♪」
「あ、危ない!」


飛び出しかけたシロをミーナがサッと庇った。その目の前を、一匹のタコが素早い動きで通り過ぎる。
ミーナが止めていなければ今頃シロはタコのアタックを受けていただろう。


「げっ、襲ってくるのかよこのタコ!」
「ひー!このぬめぬめに張り付かれるんなら死んだ方がマシですよ!」
「早く魔王様の元へ行かなきゃいけないのに!何て事っ!」


周りを見れば、他の乗客も船員も何も出来ないまま立ち尽くしている。
すると、タコがジリジリと迫ってきた。このままタコのぬめぬめの餌食となってしまうのか……。
そんな絶望の中、スラリと剣を抜いたのはミーナだった。


「私の愛を邪魔するのならば……斬る!」
「へ?あ、ミ、ミーナ!」
「危ないですよ!」


急いで5人は止めたが、既にミーナはタコへと飛び出していた。向かってきたミーナに、タコたちは一斉に飛び掛かる。
しかし、


「切り身にしてやるわ!」


ミーナが腕を振り回すと、タコはボロボロと切り身になって床に落ちていく。
ミーナの腕の動きは、完璧に見切れるものではなかった。さすが勇者だ。

やがて、船を埋め尽くしていたタコの半数は、その場で切り身と化していた。


「ふっ。この勇者ミーナに逆らうからこんな事になるのよ」
「「おおーっ!」」


ポーズを決めるミーナに、5人は乗客たちと一緒に思わず拍手をしていた。シロはタコの切り身をモシャモシャ食べ始めている。
すると、ミーナがバッと船から飛び出した。


「「……え?!」」


全員で驚いて海を覗き込むと(あらしは奥で震えていたが)ミーナはとても良い笑顔でこちらに手を振って、


「じゃ、私魔王様のところまで泳ぐわ!また縁があったら会いましょー!」
「「……ええー?!」」


逞しく泳ぎ去っていく勇者の後姿を、船の上の人々は見送る事しか出来なかった。
ここから地獄まで結構な距離があるが、彼女なら魔王の元まで辿り着く事が出来るだろう。きっと。
そしてその場に残されたのは、船と乗客と切り身と、無事なタコで。


「……行っちゃったわねー」
「あいつー!どうせならタコ全部切り身にしてから行けよー!」
「一体残ったタコはどうすればいいんだ……?」
「こ、こっちに来てますよっ!」


天敵がいなくなったと知ったタコたちは、またジリジリと迫ってきていた。今度こそ絶体絶命。人々はただ震える事しか出来ない。
いよいよタコが構えの体勢を取り始めた。もう、駄目だ!


「「ぎゃ―――!」」
「やめろーっ!」


全員分の悲鳴とウミの叫び声が、広い海にどこまでも響いていった。

04/03/26