契約
そいつは、今現れてくるのが信じられない男、鈴木だった。
あの展開ならせめてもう少し後に出てくるものだとばかり思っていたというのに。
「何故……お前がここにっ……!」
すべての憎しみを込めて睨みつけてくる華蓮に、鈴木はニヤッと笑った。
「まあそう睨むなオオカミの娘よ。今は武器も手に無いのだから」
「武器などいらない!この手で直接お前の腸抉り出してやる!」
「うわー!華蓮が早速キレてるー!」
「カレンだめー!落ち着いてー!」
シロにしがみつかれたまま、華蓮は鉄格子を握り締めた。この鉄の棒が無ければ、そのまま鈴木に掴みかかっていただろう。
その隣から、あらしが鈴木に話しかけた。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
「何だ小僧」
「こぞ!」
「おいおいお前までキレてどーするんだよっ!」
後ろからクロに頭を叩かれて、あらしは何とか気を取り直した。
「その……村人達が言ってた神ってあんたの……鈴木の事なのか?」
「………」
「……?」
返事を返してこない鈴木に全員で首をかしげていると、やっと口を開いてくる。
「……何だ、その『鈴木』というのは」
「「えっ」」
その発言に、顔を見合わせてから声を揃えて答えてやった。
「「あんたの事だよ」」
「鈴木……!自分の名が鈴木だと……?!」
それは、初めて見る鈴木の動揺した姿だった。
そう、この『鈴木』という名はいつの間にか普通に定着していたが、皇帝が勝手に考えた名なのだ。
何故に鈴木、と10人中10人はきっと疑問に思う名前だろうし、動揺もするだろう。
「でも、鈴木って名前合ってるよな」
「うん合ってる合ってる。もうピッタリだよ」
「ていうか、鈴木以外の名前なんて思いつかねーし」
「『名も無き魔法使い』っていう名前よりずっとカッコいいと思うわー!」
「ぐおおおっ!」
「自分で名を名乗らないのが悪いんだよこのタコ」
皆の言葉に悶える鈴木に華蓮がとどめの一発をズバッと言い切る。すると、鈴木はゆらぁっと立ち上がってきた。
「っくくく……名前か、これも名を貰った事になるのか……?」
「「?」」
「おい……その名前、一体誰が命名したんだ」
怒気の混じる鈴木の言葉に、あらしが少々ビクつきながら答える。
「あの……皇帝、かな」
「皇帝だと?」
「鈴木に国を滅ぼされたとか言ってたけど……」
しばらく鈴木は何かを思い出すように押し黙った。その様子をじっと見守っていると、鈴木は急にバッと顔を上げてきて、
「……まさかぁっ……!あいつか……!」
非常に怖い顔で叫んだ。少なからず何か因縁めいたものがあったようだ。鈴木をこれだけ怒らせるとは、一体何をしたのだ皇帝。
あいつめ、くそっと憎しみを込めて呟く鈴木を冷たい目で眺めていると、やっと鈴木がこちらへと向き直ってきた。
「……まあそれは良い。今の所はな」
「てか鈴木、お前こんな所に何しに来たんだよ」
鈴木、という名前に文句を言いたげだったが、何も言わずに答えてきた。
「あの町から生きて出られたようだったからな、こうして来てやったのだ」
「それはわざわざ、殺されにどうも」
「っくくくく……そう、自分はお前に会いに来たのだ、オオカミの娘よ」
ずっと睨み殺そうとするかの如く殺気を帯びている華蓮に鈴木は言った。
「どうだ、自分と契約する気はないか?」
「契約……?」
その怪しげな響きに、全員で怪訝な顔になる。それを見て鈴木があの嫌なニタリ顔で話した。
「それでは率直に話そう。お前の願いを叶えてやろうと言うのだ」
「願い?あんたが私の復讐のために死んでくれるとでも?」
「いや、お前の本当の願いは復讐ではない」
ドキリとした華蓮に、鈴木が宣言する。
「お前の願いは、あのオオカミの男を取り戻す事だ」
「……!」
今度こそ、華蓮は目を見開いて鈴木を見た。
「……嘘だ、出来るわけが無い」
「出来る。ここにあの男を呼び戻す事が出来るのだ。お前次第で」
「私は……」
動揺するように顔を伏せてしまった華蓮に、鈴木が囁きかける。
「お前が自分の言う通りの事をすれば、あの男を蘇らせてやろう」
「……!」
「さあ、どうする?契約するか?」
「カレン……!」
シロが華蓮の袖をギュッと掴む。しかし華蓮は俯いたままだ。
鈴木の言っている事がどんなに危険な事か、華蓮は十分に分かっていた。
(だけど……)
シロの手をそっと外して、
(私は……あの日誓ったから……)
決意した瞳を、華蓮は鈴木へ真っ直ぐに向けて、
(たとえこの身を失っても、あの人のためなら何でもやるって……!)
笑う鈴木に、ハッキリと言った。
「契約とは……私は何をすれば良いんですか」
「華蓮っ!」
「っくくく……ではひとまずここから出ようか」
仲間たちが止める間もなく、華蓮の姿はその場から消え、鉄格子の向こうへと移動していた。
「ついて来い」
「村人は……」
「全員どこかへ移動して今は誰もいない」
「い、行っちゃだめよーカレンー!」
「バカ何考えてんだよ!マシな事になんねーぞ絶対!」
牢の中からギャーギャー喚く4人に、華蓮は悲しそうに笑いかけた。しかしその中には、確かな決意があって……。
ふと、華蓮は懐から何かを取り出した。いつも身につけていたのか、それは黒い石のついたペンダントだった。
それを、ちょうど手前にいたあらしに手渡す。
「これを……持っていてくれませんか」
「えっ?」
「とても大事なものですから。……預かってて、下さい」
「ちょ、ちょっと待って華蓮!」
「今までありがとうございました。どうか、これからも……お元気で」
「華蓮!」
華蓮は、これから何があるか分からないが、もう、戻らないつもりなのだ。
「それじゃあ」
「おい待てよ!待てったら!」
「いやよー!カレーン!」
もう華蓮は振り向かなかった。机の上の拳銃を手に持って、すでに鈴木がのぼっていった階段の上へと、消えていってしまった。
「ふえぇーんカレンー!」
「あのままじゃ駄目だ、華蓮を止めないと!」
「でもどうやってここから出るんだ!」
「ちくしょーこんな鉄の棒さえなきゃあ!」
「あ、暴れるなって皆……うわっ!」
混乱した4人全員が狭い牢の中で暴れるので、あらしは突き飛ばされて思いっきり床の上に転がってしまった。
その拍子に、あの華蓮から預かった黒石のペンダントも取り落としてしまう。
「ほ、ほら!キズとかついたらどうするんだよ!」
「うおおーっ!駄目だこの棒取れねーぞ!」
「こんなもの食べてやるわー!」
「聞いてないし……」
ブツブツ言いながらペンダントを拾おうとしたあらしは、ハッと手を止めた。
ペンダントの黒い石が、僅かながら光った気がしたのだ。それと共に、何かの言葉も聞こえてくる。
『……すいません……!聞こえますか?』
「………」
『?聞こえますか?すいませーん!』
「……聞こえない聞こえない、これは幻聴だ石から声がするわけ……」
『やっぱり聞こえてるんじゃないですか!すいません聞いて下さーい!』
「なんだあらし、さっきから1人でブツブツと」
気になったらしいウミも固まっているあらしの視線の先、黒い石を覗き込んだ。
それを見て、クロとシロも側に寄ってくる。
「なになに?その石食べられるのー?」
「いや違くて。この石から声が聞こえてくるという幻聴が……」
『だから、幻聴なんかじゃないんですって!』
「あ、本当だわーゲンチョウねー」
『ちょっと、本当、話を聞いて下さいよ』
石が弱りきった声を出し始めたので、4人は大人しく話を聞いてやる事にした。
『おれの名前は紫苑。石じゃなくて、石に変えられたオオカミ人間なんです』
「……あれ、シオンってどこかで聞いた事ねーか?」
「あたしもあるわー!」
「……あああーっ!紫苑って華蓮のっ!」
驚いた声を上げたのはあらしだけであった。ウミはまだ思い出してる途中だし、クロとシロはその名をさっぱり忘れてしまっている。
『華蓮……!そうだ、華蓮は?!一体どこに』
「ちょ、ちょっと待ってよ!何で紫苑……さんが、石?!」
『いや、これにも事情があって……それより華蓮が!』
「……ああーっ!紫苑って確か華蓮の!」
「って遅いなウミ!」
とりあえず両者混乱状態だったので、ひとまずまた大人しくなってみた。
石はともかく、今は華蓮だ。4人は自称紫苑を名乗る石に、今しがたの出来事を話して聞かせてやった。
『……つまり華蓮は、おれを助けるためにあいつへついていってしまったわけだね……』
「そう、そうなんです」
『華蓮っ……!ああ、おれが石になんてされるから!くそ!一体どうすれば!』
「また騒ぎ始めたな」
「だから落ち着いて紫苑さん!」
自称紫苑の黒石は、押し黙った後ポツポツと話し始めた。
『華蓮とおれは、オオカミ人間の村で楽しく幸せに暮らしていたんだ』
「毎日がバラ色らしいからなーカップルっつーのは」
「クロ、ひがまない」
『そう、あいつが……鈴木が目の前に現れるまでは……』
同時刻、森の中でフードの男と向き合ったオオカミ女が握り締めているのは、小型の拳銃。
先が向いている方向は、真正面とは逆の方向だった。
「人一人を蘇らせるというのは、この自分でさえ難しい事だ」
「………」
「その分、代償というものが必要になるのだよ」
「………」
「1人分の命を蘇らせるには、1人分の命が必要なのだ。分かるな?オオカミの娘よ」
「……つまり」
「つまり、私の命で、紫苑が蘇るんですね……」
己に向けられた拳銃を持つその手は、小さく、小さく震えていた。
04/03/03