牢の囚人



「あの実を取った旅人達というのは、お前達か」
「「こいつです」」
「俺だけを指差すなよ!こういうのは連帯責任だろ!」


近くの村にとってとても神聖なものらしい真っ赤な実を気づかずに取ってしまった5人は、今その村に連行されてきた所であった。
そして今、目の前にはなにやら怖い顔をしている偉いらしいおじさんが立っている。
4人でウミを指差してみたのだが、効果はなさそうだ。


「全員で食べようとしていたのなら、罪は同じだ」
「ちっ」
「ウミさんに毒味でもしてもらえば良かったですね」
「……お前達……」


5人は、一列に並んで正座で座っている。背後には村人達がズラッと並んで立っているので、その視線が刺さってとても居心地が悪い。


「大体よー、食べちゃいけねえもんならちゃんとそう書いとけっつーんだよ!」
「さっきチラッと見たけど、『食べるな』って書いてあったよ」
「うぇマジか?」
「立て札があったみたいですねー。気付きませんでしたけど」
「あうー……せめて一口ぐらいかじっておけばよかったわー」
「ええーい少しは静かにしろ!」


後ろから怒鳴られて、5人はビクッと口を閉じた。それを確認してから、前に立つ偉い人が口を開く。


「あの実は神の実という言い伝えがあるのだ」
「それはまた大層な実ですね」
「華蓮シーッ!」
「人が取って食べようとすれば神はお怒りになり、この村に災いが起こるとされている」
「神も随分と心の狭い事で」
「だから華蓮シーッ!」
「だというのにその実を……その実を……!」


とブルブル身を震わせた偉い人は、そのまま5人に指を突きつけ、


「取って食おうとするなんて!何という事を!」
「「何という事を!」」


村人達も声を揃えて叫んでくる。どうやらこの村は随分と信仰心が高いようだ。


「という事で、どのような罰を与えるか話し合う事にする」
「「おおっ!」」
「それまでそこで待っておけ」


偉い人は5人にそう言い残すと、村人達の方へと歩いていってしまった。


「何だか……ひどく大変な事になっちゃったなあ……」


あらしは空を見上げて呟いた。あの白い雲がとても羨ましい。
その隣では、シロが悲しそうな顔でどこかを見ていた。そうれはそう、村人に取り上げられたあのうれた果実だ。


「お腹空いたー……」
「オレもさすがにもう駄目かも……」
「もう随分と長い間何も食べていない気が……」
「幻覚が見えてきそうな勢いですね……」


クロもウミも華蓮もへたり込んでいる。その時、シロが言った。その目に危険な光をちらつかせながら。


「……どうせ怒られるんなら、あの実食べても同じことよねー」
「「え?」」
「まさか……シロ……」


あらしは青くなってシロを止めようとしたが、すぐにやめた。
シロがとっくの昔にあの実をロックオンしているのだ。邪魔をすればこっちが食われてしまう。
なので、一応注意はしてみた。


「シロ、村の人があんなに守っていたものだし、本当に毒でも入っているかもよ?」
「毒なんて怖くないわー!」


いきなりダッと飛び出したシロはそのままガブリと実にかぶりついた。その度胸には素直に感心できるが。


「おっいしーい!お腹が空いてたから余計に美味しいわーっ!」
「何っ!美味いのか!」


4人の目の前で、シロは実に美味そうにもぐもぐしている。
それを見て、空腹状態の人間が我慢できるだろうか。いや出来るわけが無い。


「ちくしょー!なるようになれだ!」
「もはや悔いはない!」
「この状況で躊躇う方がバカです!」
「毒を食うなら皿まで食ってやるー!」


残りの4人もすごい勢いで実に飛びついていった。そこでやっと村人達が5人の姿に気付き、


「あーっ!神聖な実をー!」
「取るだけでは飽き足らず食ったぞー!」
「「うめぇー!」」


神聖なうれた果実は、あっという間に消えてなくなってしまった。
その後はもちろん村人達にこっぴどくお仕置きをされたわけだが……5人の顔に『後悔』に文字は見当たらなかったという。




で、結果的にどうなったかといえば、5人は仲良く牢へと入れられる事になったのだった。
何でも、『罰を決めるまで一応何かをしでかさないように閉じ込めておこう』という事になったらしい。


「そういや、すべての町や村には牢屋があるもんだって話を聞いたことがあるけど、あれは本当だったんだー」


天井を見上げたまま、どこか現実逃避気味に呟くあらし。この牢はどうやら地下にあるらしく、窓は見当たらない。


「ああ……どうにかタルは死守出来て良かった」


いつも背負っていた大事なタルを抱きしめながらウミがホッと息をついている。
この牢に入れられる際、武器などは全部奪われたのだが、タルまで取られそうになったのだ。
しかし、ウミが『これがなきゃ俺は死ぬ!』とタルにしがみついて離れなかったので、今こうやって手元にある。


「でもこれからどーすんだよ!こんな所に入れられてよー!」
「このまま黙ってここにいるのもアホらしいですね」
「うーん」


イライラしているクロと華蓮の言葉を聞きながら、あらしは目の前の鉄格子を眺めた。
鍵は見えるのだが、手の届かない机の上に置いてある。


「武器もないしなあ」
「シロ、お前この棒に噛みつけよ!食いちぎれるかもしれねーぞ」
「えーあたしもうお腹空いてないもーん」


壁に寄りかかったシロが満足そうなため息をついた。まあ腹が減った状態でもさすがに無理な事だと思うが。
そこで、華蓮がポンと手を叩いた。


「あ、それならウミさんはどうです?」
「俺はタルしか持ってないが」
「タルの中身ですよ。水で刃物でも何でも作れたじゃないですが」
「おっそれ名案じゃねーか!」


クロもガッツポーズを作ったが、ウミはすぐに首を横に振った。


「それが、出来ないんだ……」
「え、何で?」
「これを見てくれ」


そういってウミが見せてくれたもの、それは、タルの中身であった。底の方に僅かしか水が残っていないのがハッキリと見える。


「これ以上水を使ったら無くなってしまうだろう」
「良いじゃないですか別に」
「サラリと言うな!干からび死ぬだろ!」


ひっしとウミがタルを庇うようにしがみつく。これでは水のナイフも作ってくれなさそうである。
5人はハアッと重いため息をついた。


「一応武器はあるにはあるんですがねぇ」
「ここで怒らせたら危ねーだろさすがに」
「でもすっごい切れそうよねーあの棒とかー」
「いや、命の方が大事だからな」
「……?」


話題にのぼっているのはもちろんあらしが出す謎の刃物のことなのだが、あれは本人無自覚なのであまり使わない方が良いだろう。
とりあえず、これで打つ手が無くなってしまった。


「ちくしょーぐんぐにるがあれば良かったのによー」
「眠らせるだけのヤリだろあれ」
「な、何かに使えたかもしれねーじゃんか!」
「やはり、入れられる前に撃っておけば良かったですね」


クロのぐんぐにるも華蓮の拳銃も、この牢の鍵と共に机に置いてある。
すぐそこに見えるのに届かないというのは、かなりもどかしいものだった。


「……罰って一体どんなものだろ……」
「諦めちゃ駄目よー!皆で一か八かかじってみましょー!」
「いやそれは止めといた方が」
「おい!誰が来るぞ!」


クロが皆に注意を促した。視力が良い彼は聴力も良いようだ。一同口を閉ざすと、確かに聞こえる。コツコツと、人の足音が。
しかも、こちらに向かってきているようにしか思えない。


「村の人たちかな」
「でも、1人分だぜあれは」
「罰が決まって、知らせに来たんでしょうか」


ボソボソと小声で話していたがやがて全員が押し黙った。じわじわと、嫌なプレッシャーを感じ始めたからだ。
この感じ、つい最近味わった事がある。いやでも、まさか……!

やがて、足音の主が5人の前に姿を現した。


「っくくく……揃って牢入りとは、変わった事をしているな」


それは、黒いフードを目深に被った男との、あまりにも早い再会だった。

04/2/25