うれた果実



人は、空腹に耐えられる生物ではない。食欲とはまさに本能なので、それが満たされない状況になるとあっという間に死んでしまう。
だから、人は常に食べ物を求めているのだ。それを頭に入れておけば分かるだろう。
腹の減った旅人達の目の前にたくさんの実が生った木が現れたらどうなるか、が。
今、まさにそんな状況だった。


「ねーっ見て見てー!すっごい美味しそうなものがあるわよー!」


さっきまでお腹空いた死にそうとぼやいていたシロが三輪車をこぐクロの頭をペシペシと叩く。
前方には、あまりパッとしない大地に真っ直ぐ生えている高い木に、真っ赤にうれた果実が生っているのがハッキリと見えた。


「すげー!あんなに生ってんじゃねーか!」
「きゃーっ!天の恵みよー!」
「でも随分と高い木だな」


歓声を上げるクロとシロの後ろで、ウミが冷静に感心している。
どんどんとその木の方に近づいているのだが、少し離れたここからでさえ見上げるほどだ。どのぐらいの高さなのだろうか。
早速その木の側に箱を停めたクロは、いきなり木へと突進していった。


「どぉりゃあぁーっ!」


そして木の幹へと見事な飛び蹴り。木がズシーンと大きく揺れる。


「いきなり何してんだよクロ!」
「何って、この実を落とそうとしてんだよ」


続けてパンチもお見舞いするが、ヒラヒラと緑の葉が落ちてくるだけで赤い実はちっとも落ちてくる気配が無い。


「ちくしょー、しぶといやつだぜ」
「意外と丈夫なんだな」
「えーっじゃあどうやって取るのー?」


うーんと考え込む5人。すると、あらしがポンっと手を打った。


「そうだ、華蓮の拳銃で撃ち抜いてみれば」
「いやです」
「うわ即答だし!」
「そんな事で弾の無駄使いなんてしたくないんですよ」


対鈴木までとっておくのだろう。普段から弾の無駄撃ちをしない華蓮は近頃さらにケチになっていた。


「他にあそこまで届くものあるかなあ……」
「ぐんぐにるは?」
「おっそうか、すーっかりお前の事忘れてたぜ!」


あまり出番の無いぐんぐにるを手に持って、クロはえいやと上に向かって振り上げた。
しかし、クロの長身を持ってしてもぐんぐにるは実にかすりもしない。


「ちっ、大体この木が高すぎんだよ!」
「こんな土地でよくここまで育ったなこの木」
「それじゃあ石でも投げてみようか」
「あっそうしましょそうしましょー!」


めげずに5人はそこら辺に転がっている石を拾い集め始めた。食べ物がかかっていると、普段とはやる気というものが違う。
適当に集まったら、今度は真っ赤な実に向かって投げつけ始めた。


「えい!」
「やあー!」
「とうっ!」


ポイポイ投げつけるが、実は1つも落ちてこない。かわりに無数の石が落ちてくるので、


「あいたーっ!」
「ぎゃーっ!今角が当たったぞ!」
「いてててて、ちょ、ちょっと皆投げるの中止ー!」


頭を抑えながらゼイゼイ言っている5人の周りには石が転がっているだけだった。


「これでもダメか……」
「えーんもうお腹と背中がくっつきそうだわよー!」
「ちくしょー!何だかめちゃくちゃ悔しいぞ!」
「こうなったら…誰かがこの木に登るしかなさそうですね」


ポツリと発せられた華蓮の言葉に、全員で顔を見合わせた。
この木を登る。という事はつまり、この中から1人代表者を選ばなければならないという事だ。


「ちなみにもちろん私は登りませんからね絶対」
「あ、あたしか弱いし、全然飛べないしー」


すぐさま女性陣が逃げた。これで残ったのは、男3人。


「オっオレ高い所ダメだって言っただろ!絶対登れねーよ!」
「僕はカナヅチだ!という事でウミよろしく!」
「……はっ?!ちょっと待てカナヅチは特に関係がないような」
「「いってらっしゃーい」」


全員に笑顔で手を振られ、ウミは観念したようにガックリと項垂れた。


「まだじゃんけんで負けたほうが良かった……」
「ほら行って来いよ、タルは持っててやっからよ」
「きっと人魚が木登りなんて初めてだぞウミ!頑張れ!」
「落ちても大丈夫、骨折ぐらいですみますよ多分」
「美味しーい実いーっぱい取ってきてねー!」
「はいはい……」


肌身離さず毎日背負っていたタルをドンと地面に降ろすと、ウミは木の幹をガッシとつかんで足を引っ掛けた。
これから、世にも珍しい人魚の木登りが始まる!


「いけーウミー!」
「もっとスピード上げろー!」
「目標はすぐ上ですよー」
「頑張れファイトー!」


かつてこれほど熱心に応援された事があっただろうか。少々複雑な気分になりながら、ウミは懸命に登った。
途中でめげそうにもなったが、下の仲間が怖いのでリタイアも出来ない。結局ウミは、うれた赤い果実の所まで登る事が出来た。


「うっ……本当に頑丈だなこの実は……」


力を入れて実をもぐと、ウミは次々に下へと落としていった。そのたんびに、地上からは喜びの声が上がる。


「うおー!空から実が降ってくるぞー!」
「幸せーっ!夢みたーい!」
「くそー、人が苦労してるっていうのに……」


ウミは適度に実を落とすと、すぐにスルスルと降りてきた。降りるのは、登る事より楽なのだ。
こう見ると、人魚も木登りは出来るものらしい。


「お疲れウミ」
「あーっ疲れた……」
「さっそくこれ食べましょーっ!」


シロがさっそくかぶりつこうとするのを見て、あらしはハッと気がついた。


「ちょ、ちょっと待って!食べるのちょっと待って!」
「あ?何だよいきなり」
「何よー!一思いに食べさせてよー!」


かなり限界に近いようだ。涙目になるシロに、あらしは慌てて話した。


「今気がついたんだよ。本当、今更の事なんだけどさ」
「何に気がついたんですか?」
「この実、食べられる実なのかなーって……」


そう言われて見てみると……不自然なほど真っ赤にうれているこの実、実は毒でも入ってるんじゃないだろうかとさえ思えてくる。


「そんなの食べてみれば分かるじゃないー」
「いや食べてから分かっても手遅れだろ!」
「でも……せっかく取ってきたものだしな」
「もうすんげー腹ペコなんだけどよ」
「別に良いんじゃないですか?毒でも何でも」


ずっと何も食べてないので皆どうでも良くなっているようだ。腹が減っているのはあらしも同じ事なので、うーん、と頷いた。


「……まあこうなったら、なるようになれ、か」
「そうそう、そういう事」
「じゃ、皆でいっせーのーせで食べましょー!」


死ぬ時は皆平等に。覚悟を決めた5人は円になって実を抱えた。


「……いくぞ」
「「いっせーのー……」」
「おいお前達っ!」


せっかく食べる気満々だったというのに、いきなり背後から声をかけられた。しかもかなりの怒鳴り声だ。
全員でそちらに振り向くと、そこに立っていたのは、十数人ほどのどこかの村人達で。


「その実はとても大事なものなんだぞ!それを……取ってしまうだなんて!」
「捕まえろ!罰を与えるんだ!」
「「……えっ」」


目が点になる5人の隣には、『この実、神聖なものにつき取るべからず』とかかれた札が、傾きながら寂しげに立っていた…。

04/2/22