黒い肌



少々荒れた大地をボロボロな箱が不安定にガタゴト揺れながら走っている。前日まで一緒にいた大きなテントや無数の馬車はもういない。


「やっぱり、今まで騒がしかった分、今がとても静かに思えるな」


タルに凭れながらウミがぼんやりと言った。
確かに今まで一緒にいたのがサーカス団だったものだから、移動中でもかなり騒がしかったのだ。
今聞こえてくるものと言えば、ギシギシ唸る箱の音やキコキコうるさい三輪車をこぐ音ぐらいだった。


「そんな呑気な事言ってる暇なんて無いですよウミさん」
「まー確かにそうだよなー」


さっきから拳銃の手入れを丹念にやっている華蓮の言葉にいつものように三輪車をこいでいるクロも同意する。
弾を詰め替えながら時々ニヤリと笑う華蓮を見ていると、心臓に大変悪い。


「目的が『竜のお宝探し』と『鈴木のヤローに復讐』って2つに増えたもんな」
「どっちも難しそうだな……」
「まあ、鈴木は確実に殺りますがね。うっふふふ」
「ねーねー。目的っていえばー」


箱に寝そべりながらシロが思い出したように口を開いた。


「あらしってやっぱり記憶取り戻すために旅してるのー?」
「えっ?」


いきなり話を振られて、ボーっと空を見ていたあらしは驚いたようにシロを見た。


「だって何も覚えてないんでしょー?」
「そーいや鈴木のせいでうやむやになってたけど、そうだったな!」
「いや……別に無理して記憶探そうとは思って無いよ。生きるのに必要な事は全部残ってるわけだし……」


困ったように頭を掻きながらあらしは話す。


「ただ、行くとこ無いから旅してる感じかなあ……。自分の居場所探しっていうか」
「居場所探し?」
「そう、余生をのーんびりと暮らせる素敵な場所をっ!」


妙にじじくさい事を熱弁した後、皆にふっと笑いかけた。


「だから、皆も今の場所、大切にした方が良いよ」
「えー何でー?」
「帰る場所があると、それだけで気持ちが随分と違うからね」


それにシロは、素直に頷けないままブーたれた。


「……本当にー?どんな所でもー?」
「うん、どんな所でも」
「ふーん……」


どうやらシロにも思う所があるようだ。その時、華蓮がポツリと呟いた。


「帰る所ですか……私は今、それを取り戻したくてたまらないのかもしれませんね……」


頭の中に何が思い描かれているかなんて、その目を見ればすぐに分かる事だった。
そこにシロが、笑顔に戻って話しかける。


「ね、ね!カレンの大切な人ってどんな人だったのー?」
「えっ?…べ、別にさっきのはその人の事ではなくて……」
「バレバレだっつーの!で、実際どうやんだよ?おれよりカッコいいやつだったのか?ありえねえけど」


クロもニヤニヤしながら尋ねてくる。珍しく慌てた様子を見せた華蓮は、観念したように話し始めた。


「……その人の名は紫苑。肌の黒い、私と同じオオカミ人間でした」
「オオカミ男ってわけだな」
「ええ。性格は……お人よしというか人が良すぎたというか……」


言葉を濁す華蓮に、あらしが首をかしげる。


「何だか華蓮とは合わなそうなタイプだなあ」
「そう、私も思いましたよ。こいつとは絶対合わないなって」
「でも、合ったんでしょー?」


華蓮はにっこり笑って空を見た。


「ええ、合ったというか……あの人から合わせてくれたのかもしれませんね……」
「「?」」
「私に近づいてきたのも、彼からでした」





それは、華蓮が1人で丘の上にうずくまっていた時の事だった。
その頃の華蓮は、自分を作るのに疲れていた。そういう時はこうやって1人になるのだ。他の人と一緒にいるのが苦痛で仕方が無い。
その時だった。後ろから何者かの気配がしたのは。


「……そんな所で一体何をやってるの?」


それは、とても頼りなさそうな男の声だった。華蓮はそのまま振り向かずに答える。


「あなたには関係ありません。ほっといて下さい」
「だってほっとけないよ。こんな所で女の子が1人でいるなんて、危ないじゃないか」


頼りなさそうな声でそんな事を言うので、華蓮は後ろの男を鼻で笑ってやった。


「あなたの方が気をつけた方がいいんじゃないですか?」
「おれは大丈夫だよ。……ところで、聞いても良い?」


男は気を悪くした様子も無く尋ねてきた。


「華蓮……だよね、何で君はいつも敬語なの?」
「……私の勝手です」
「でも、仲間なのにそんなの水臭いじゃないか」
「うるさい、帰って下さい」
「何か冷たい感じがするじゃないか。ほら、もっとこう、フレンドリーにいこうよ」
「うるさいって言ってるでしょう!」


カッとなって華蓮が後ろを振り向くと、声のイメージ通りの男がそこに立っていた。
そして、睨む華蓮を見て、日に焼けた黒い顔を笑顔にしてこう言ったのだ。


「そうそう、そういう風にした方が絶対いいよ。あと、笑った方がもっと可愛いと思うな」
「………」


怒鳴る事も忘れてぽかんとしている華蓮を、男はニコニコと人のよさそうな笑顔で見下ろしている。
これが、紫苑と初めて交わした会話であった。





「あの時は呆れてものも言えませんでしたね」
「へー」


華蓮も人並みに恋愛するものなんだなーと変な感心をするあらし。本人に言えばきっと体に風穴が開いてしまうだろうが。


「ああいうタイプは苦手ですね。何を言ってもニコニコしていて、すぐに騙されるタイプです」
「あーいるねーそういうタイプ」
「ある意味ウミさんもそれですよね」
「おい何でそこで俺の名前が出るんだ?」


すかさず突っ込んでくるウミ。しかし、騙されて干からびかけた過去を持っている彼は文句が言える立場ではない。


「じゃあ、私の住んでいた森の近くに人魚がいた、なんて言ったらどうします?」
「え、本当か?!」
「嘘です。もう少し人を疑う事を覚えたらどうなんですか」
「……人間不信になりそうだ……」
「あのねあのねー!あたし天国で人魚見たわよー!」
「嘘だ嘘だ!そんなに騙されてたまるか!しかも天国とか不吉だろう!」


シロと共に笑う華蓮を見て、あらしは心の中でほっと息をついた。
普通は、人の過去をあんなに尋ねたりはしない。話したくも無い辛い事があったかもしれないからだ。
だから、さっき不満げだったシロに何故とは聞かなかった。

なら何故華蓮には尋ねたのか。それは、華蓮自身が話したがっているように見えたからだ。
大切な人を失った悲しみを、吐き出してしまいたいのではないかと思ったのだ。
最初に聞いた時、そんなに躊躇わずに話してくれたので聞く事が出来たのだが……。

鈴木と出会ってからピリピリしていた華蓮も、少しは気が楽になっただろうか。


「っあー。それにしても腹減ってきたなー」


キコキコ三輪車をこいでいたクロがぼやくと、ここぞとばかりにシロも起き上がった。


「あたしもあたしもー!ご飯にしましょうよー!」
「ダメ」


即答してきたあらしに、シロは情けない顔になった。


「えー何でよーケチー!」
「もう忘れたのかシロ、僕らの全財産を」
「……あ……」
「「金貨3枚……」」


全員で声を揃えてガックリと肩を落とす。
そういえばサーカス団からバイト代を受け取っていなかった。あの人に埋もれた時間は一体何だったのか。


「……ま、次の町に着いたら考えよう……」
「そーだな……」
「人生行き当たりばったりですよ」


オンボロ箱での金欠の旅は、まだまだ続く。

04/2/18