巡礼者達
「コーテーっ!」
シロが、そこに立っていた体の透けた男、皇帝に飛びついた。
そう、ライトの光を使って影を追い払ってくれたのは、あの滅びた都市さいごの皇帝だったのだ。
「っておい!おっさんが何でこんな所にいんだよ!」
「まさか……ここも皇帝の町なのか?」
クロとウミが口々に皇帝へ駆け寄る。確かこの皇帝、自分の都市からは出られないとか言っていたような気がするのだが。
皇帝は、シロをまとわりつかせたまま答えてきた。
「いや、ここには来た事も無い」
「じゃあ何で……」
「彼らに協力してもらったのだよ」
彼ら、と皇帝が指差したのは、背後の方だった。そこにはいつの間にかズラッと人が並んで立っていた。微動だにせず。
「「………」」
「……誰ですか彼らは」
「よくぞ聞いてくれた。彼らは巡礼者。町々を回っているのだ」
巡礼者。具体的にどういう者なのかはあらしにもよく分からない。
ただ、皇帝のように透けてはいないが気配が薄く、まるで亡霊のようだ。表情が無い。
「ちなみに彼らは私の国の者でな、私と同じように呪いを受けている」
「「呪われてるんだ?!」」
「魂は無い。体だけがこのように動いているだけの存在だ。私とは逆だな」
皇帝は、巡礼者達と呼ばれる彼らを痛ましそうに見つめた。
「ある日私の元へ彼らがやってきたのだ。巡礼するためにな。彼らはずっと呪いのせいでこの魂無き体で世界を回っていたのだよ」
「……呪いとは恐ろしいな」
「そうだ。だから私はこうやって彼らと共に探しに出てきたのだ。あの呪いをかけた……鈴木を!」
皇帝は力を込めて拳を握り締める。その決意には感心するが、その鈴木という名はどうにかならないものか。
「ここに鈴木が来るという噂を耳にしたものでな、こうやって来たのだが……もうあいつは去ったようだな……」
「って……ちょっと待って下さいよ」
少々顔を引きつらせながら、華蓮が皇帝に尋ねた。
「まさか……前から言っていたその『鈴木』というのは、あの『名も無き魔法使い』の事ですか……?」
「「!」」
なるほど、確かにあの男、皇帝の言っていた『鈴木』によく当てはまる。すると、案の定皇帝は頷いてきた。
「確かに『鈴木』は『名も無き魔法使い』とも呼ばれている」
「いや、そっちの方で呼ばれてるんだろ」
「やつは名を名乗らないのだ。だから色んな呼び名がある」
だからって鈴木ではあの男も可哀相だろう。
するとそこへ、ドドドド……という地響きと共に象が、いや、象に乗った団長がやってきた。
その足元にはサーカス団の面々もぞろぞろとついてきている。
「5人とも!何でまだここに!?」
ナギが驚いた様子で駆けてきた。団長も象から華麗に飛び降りてこちらへやってくる。
そして、見慣れぬ体の透けた皇帝を見た。
「……あなたは一体」
「私は今は亡きさいごの皇帝。鈴木の呪いによってこんな姿をしている」
「なるほど、呪いで……」
鈴木にはつっこまない団長。
「という事は、奴は去ったのか……」
団長の言葉に、団員の顔にはガッカリとした中に安堵の色が浮かぶ。それはそうだろう。
あの鈴木は、本当に強い力を持っていた。そのまま戦っていたらどうなっていた事か。
「ったくよー!ここで決着付けたい所だったのに逃げやがってよー!」
「そうであるな」
場を盛り上げようと馬鹿でかい声を上げるデーブにノッポーも頷く。それをきっかけに、団員達はあーやれやれと騒ぎ始めた。
その中で、ナギが不思議そうな顔で尋ねてくる。
「あなた達があいつを追い払ったの?」
「まさか。勝手にいなくなったんですよあっちが」
華蓮が忌々しそうに言う。彼氏(多分)の仇が逃げたのだから不機嫌にもなるだろう。
ナギは、今度は団長に尋ねた。
「これからどうするんですか団長?」
「ふむ、今すぐ奴を追いたい所だが……」
と、そこで団長は町の様子を見回した。
「この町をこのままにしてはおけないな」
そう、町は鈴木とカゲたちによってめちゃくちゃにされていた。まあ、その中には団員たちがつけたキズもあるだろうが。
とりあえず犠牲者がそんなに出なかったのがせめてもの救いだった。
「よし、しばらくはこの町に留まり、復旧活動を援助する事にしよう」
「はい!」
「それじゃあ私は彼らと共に奴を追うかな」
巡礼者達を指しながら皇帝も言った。
「元々生きぬ体だからな、休憩も必要ない」
「僕らは……どうしようか」
あらしが控えめに仲間達へ問いかけた。無論華蓮を気遣っての事だ。
華蓮はしばらく顔を伏せていたが、やがて何かを決意したように顔を上げた。
「私は奴を……鈴木を追います」
「「……!」」
「皆さんはどうしますか?」
「…え?ど、どういう意味ー?」
華蓮の言っていることが分からなくてシロが首をかしげる。が、
「これは私の意志です。皆さんには関係がありません」
「あ……」
この言葉で理解し、口をつぐんだ。確かに鈴木に用があるのは華蓮だけで、他の者はまったく関係が無いのだ。
その上でこれからどうするか華蓮は聞いている。即ち、ここで別れるか、共に行くか。
しかし、1人訳が分からないという顔をしていたウミが口を開いた。
「……何だ、行くんじゃないのか?仇討ちに」
「「!」」
「んだんだ。オレてっきり決定してんだと思ってたぞ」
クロも当然、と言わんばかりに頷く。それを見て、あらしがかすかに笑いながら華蓮に向き直った。
「どうやら、今更尋ねる事じゃなかったみたいだね」
「……そのようですね」
華蓮も微笑む。それは、初めて見るふんわりとした優しい笑みだった。
「……本当、普通に笑えばもっと美人なのに……」
「何か?」
「いや、何でもない」
「じゃあじゃあ!これからどこに行くのー?」
元気を取り戻したシロがワクワクしながら聞いてきた。そういえば、鈴木は一体どこへ行ってしまったのだろうか。
「それならば、手分けして鈴木を探そうじゃないか」
そう皇帝が言ってきたので、全員でえっと振り向いた。
「どういう意味だ?」
「目的はどちらも同じ鈴木だ。しかし行方が分からない」
「ああ、まあ……」
「私たちは巡礼のためにこれからあちらへ行くのだが」
と、皇帝は西の方を指差す。あの英雄の町の方角だ。
「君達は東へ行って、手分けして鈴木を探す、という訳だ。これでどちらかが鈴木に出会える確率が上がるだろう」
「なるほど、どちらが先に見つけても恨みっこ無し、ですね」
「その通りだ」
皇帝と華蓮はまるで宝を奪い合うライバル同士のようにニヤリと笑い合った。どちらが早く鈴木を見つけて復讐できるかの勝負だ。
「じゃあ、ここで本当にお別れって訳ね」
事の成り行きをじっと見守っていたナギが寂しそうに言った。サーカス団はこの町へ残り、巡礼者達は西へ、5人は東へとバラバラだ。
僅かな間だったとはいえ、共に旅した仲なのだから寂しいのは当たり前だ。
「でも……あいつとても強いから気をつけてね」
「うん、ありがとう」
「今度はしくじりませんよ」
「おーう!また今度じっくり我のショーを見せてやるからなー!」
「また会った時本物のサーカスを見せるのである」
デーブとノッポーも笑いながらそう言ってきた。舞台ではなかったが、すごい芸の数々を見ることが出来たので5人はもう満足なのだが。
サーカス団員たちに別れの言葉を言って箱に戻ろうとした時、団長に止められた。
「ちょっと待ちたまえ。これを持っていって欲しい」
「えっ?」
団長からあらしに手渡されたもの、それは、あの団長の宝石だった。これを草原で拾って、このサーカス団に出会ったのだ。
「で、でもこれすっごい高価なものなんじゃ!」
「大切なものなんじゃないのー?」
「うむ、それは確かに大切なものだ。しかし、それを君たちに持っていて欲しいのだ」
いやでも、と言いかけた所をにっこり笑った団長に止められてしまった。
「再会の印だ。共に戦ってくれた仲間への、ちょっとしたプレゼントだよ」
「「……!」」
「それじゃあ……ありがたく受け取っておきます」
あらしが大事そうに宝石をポケットに入れた。先に入っていた銀色の時計とぶつかって軽い音を立てる。
「ではまた会おう!良い旅になる事を祈ってるよ」
「サーカスの皆も元気でなー!」
「またねー!」
「「おおーっ!」」
正義のピエールサーカス団は、手を振りながら町へと戻っていった。町の復旧を助けるために、これからまた忙しくなるに違いない。
その後姿を見ながら、皇帝は満足そうだった。
「サーカスか。今度私も見てみたいものだ」
「おっさん死んでんじゃねーか」
「ハッハッハ。成仏するまでに見れば良いのだ」
さて、と皇帝は巡礼者達を振り返った。彼らは初めて見たときと変わらず静かに並んで立っている。
巡礼し続けるのは本当に呪いなのか、それとも彼らの意志なのか、それは誰にも分からない事だ。
ただ、彼らには魂が無い。それだけは確実な事だった。
「私たちも行くとするか」
「「………」」
巡礼者達はかすかに頷いたように見えた。そして、すぐに音も無く歩き出す。
目指すは西だ。
「何だかすぐ別れる事になっちゃったわねー」
「なに、また会えるだろう。共に旅をしている同士なのだからな」
「そうねー!」
皇帝はシロの頭をなでた後、巡礼者達についていくためにさっと身を翻した。
「ではサラバだ旅人たちよ。またこの地のどこかで巡り会おう!」
「さよーならー!」
「たっしゃでなー!」
後ろ手に大きく手を振る皇帝は1度も振り返らずに巡礼者達に交じっていった。
そして巡礼者達は、5人の目の前から静かに消えていったのだった。
04/2/16
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巡礼……それは、固有の聖地・霊場を巡拝すること、だそうです。お題にそれてない。
ところでこの話で100題も30話目ですね。やった!