ペルソナ



もはや、町全体がサーカスの舞台になったようであった。
無数の影達が這いずり回り、真っ白のハトが飛び交い、丸い人間が弾みまくる。
そんな危険な町中に残っているのはサーカス団員と男と影達と、それに旅人が数名ほど。町人は全員避難しているので町中にはいない。
影を必死によけながら駆けているのは、旅人たちだった。


「うわっ!今影踏んだぞ!」
「えーあたしさっきから踏みまくってるわよー?」


背後から聞こえるウミとシロの会話を聞きながら、自分は踏まないようにしようとあらしはさらに足元に注目する。
踏んでも害は無いようだが、やはり気味が悪い。
前を走っていたクロが首をキョロキョロさせながら怒鳴ってきた。


「で!一体どこにあの陰気くせえおっさんがいんだよ?!」
「団員の皆さんも見当たりませんね」


同じように周りを見ながら華蓮。確かにあちこちで派手な音は聞こえてくるが、姿はここからでは見えない。
まさかここら辺りにはいないのではないだろうか。


「どうしよう、向こうに行ってみようか?」
「いや、あっちの方が怪しい気がする」
「しゃらくせぇ!このまま真っ直ぐだー!」


意見も合わず。とりあえず行く当ても無いのでこのまま走っているという状況だ。
このままでは何しにここに残ったか分からない。


「……あ?何か前に見えるぞ!」


目が半端なく良いクロが叫んだ。前方には待ちのシンボルのでっかい噴水がある。しかしクロが言ってるのはもっと別のものらしい。


「何が見えるって?」
「人だー!」
「「人?!」」


団長か、ナギか、他の団員たちか、それとも……あいつか。
正体は、一番会いたくない奴だった。


「……逃げなかったか……」


闇に佇む『名も無き魔法使い』から少し距離を置いて5人は足を止めた。
ここいらには影達の姿は無い。それとも、この男は何も無い場所から影を無限に出せるのか。
両者睨み合う中、一番先に口を開いたのはあらしだった。


「おっお前一体何が目的でこんな事してるんだ!」


少し声が震えているのは致し方あるまい。団長とナギはどこへ行ってしまったのか。


「何が目的か、だと?」
「そ、そうだ!」
「目的、それはただ1つ」


言って男はバッと手を広げた。


「自分の世界を作る事だ」
「「………」」
「そのために、今までの世界を壊さなければならない」


陶酔したような男の笑みに、5人は本気でゾッとしていた。少なくともこの男、正気ではない。
男は笑いをおさめた後、改めて5人を見た。


「さあここで最後の誘いだ。自分の仲間になれ。そうすれば壊さずにいてやろう」
「「嫌だっ!」」


気圧されながらも即答してきた5人に、予想していたのか男は顔色1つ変えることは無かった。


「愚かな……。まあいい、どうせお前たちは、消えるのみだ」
「うっせぇ!消えてたまるかってんだ!」


クロがぐんぐにるを取り出す。このぐんぐにる、刺しても眠るだけだがそれだけでも今の状況では強力だ。
華蓮もそっと小型拳銃を手に持つ。いざという時は水で攻撃するのだろう、ウミも少し身構えて見せた。
武器を持っていないシロと武器を持っていないと思ってるあらしは半歩ぐらい後ろに下がっておく。
めったに無い戦闘が今、始まろうとしていた。
その様子を見て、男はかすかに笑った。


「面白い。どこまで耐えられるか、見物だな」


そして、今まで目深に被っていたおかげで顔がよく見えなかったフードを後ろにやる。
そこに出てきたのは、予想以上に若い男の顔だった。口調でもう少し年上かと思っていたのだが。
顔が見えた瞬間、激しく反応したものがいた。


「……!!」


華蓮だった。今まで見たことも無いような驚いた顔で、ただ男の顔をじっと見つめている。
そんな華蓮を、シロが心配そうに見上げた。


「カレン……?」
「おっお前はっ……!」


だが、華蓮は聞こえていないように叫ぶ。そこまで頭の中があの男でいっぱいなのだろう。あの男と一体何があったというのか。
男の方も気になったのか華蓮に目を向ける。


「何だ、どこかで会った事でもあったか?」
「ありますよ……!私はっ!お前のその顔を忘れた事がありません!」
「ほう……どうやらよほどひどい事をしてしまったようだな。だが……」


男は言った。ひどく歪んだ笑顔で。


「すまない。そういう事はすぐに忘れてしまうものでな」
「……っ!」


華蓮の中で、何かが切れる音がした。


「ふっざけんなゴラァ!」
「「?!」」


突然の叫びに、4人ともビクッと飛び上がった。


「お前のせいで私がどんな思いをしたか分かってんのかああっ?!」
「「ひーっ!」」
「紫苑にあんな事しといてしらばっくれるたぁいい度胸だ今ここで生きてる事後悔させてやるわっ!」


キッと拳銃を向けてくる華蓮に、男は笑い出した。


「おお思い出した、思い出したぞ。お前はあの時の娘だな」
「思い出した所で死ね!脳みそかち割って醜い死体晒してやる!」
「っくくく……そうか、憎いか、そうだろう、お前の大事な、大事な人をあんな事にしてしまったのだからな」
「黙れ!私が殺してやる!」


その瞬間、男はブワッと身を翻して、その場から消えうせた。
男の声だけだが頭に響く。


「気が変わった。殺したければここから生き延びてみろ。また会った時勝負をしようじゃないか。ッハハハ!」
「待て!逃げる気かぁっ!」
「カ、カレン待ってよー落ち着いてー!」


飛び出そうとする華蓮に急いでしがみつくシロ。男は笑いながら、声もどこかへと消えていった。


「……っ!」


しばらく辺りには、華蓮の荒い息づかいだけが流れる。そして華蓮は、1度ふうと息をつくと、額の汗を拭って言った。


「……少し興奮してしまいましたね……」
「「あれで少し?!」」


叫ぶ4人に、華蓮は少々照れたように笑った。


「私口が悪いって言ったでしょう。だから敬語使ってるんですが」
「あれは口が悪いっていうレベルのものじゃ無かったような……」
「ねえカレン、大事な人って誰ー?何があったのー?」


シロがなおも心配そうな顔で尋ねてくる。それに華蓮は、寂しそうに微笑みながら答えた。


「……とても大事な人がいたんです。そう、彼は、私にとってとても大事な人で……」
((男か))
「しかし彼はあの『名も無き魔法使い』に……」


そう言って顔を伏せてしまった華蓮に、誰も何も言えなかった。


「……私はいつも仮面を被っていました」
「仮面?」


華蓮は唐突に話し始めた。その目は、遠い昔に思いを馳せているようだ。


「色々あって……昔からこうやって言葉に気をつけて、毎日仮面をつけて生きていました。そうやって自分を作っていたんです」
「「………」」
「でも、あの人はその仮面を剥ぎ取ってくれました。私は唯一、彼と一緒にいる時だけ本当の自分というのをさらけ出せていた様な気がします」


華蓮にとって、その人は本当にとても大事な人だったのだろう。その証拠に、華蓮の瞳には深い悲しみの色が浮かんでいる。


「……もしかして、こうやって旅をしているのは……」
「ええ、あいつを探していました。ま、世界を見てみたかったし、最初に話した理由も間違ってはいませんがね」


言いながら華蓮は拳銃をしまった。


「……次会った時は……確実に殺ります」


ニヤッと笑った華蓮の目には、ハッキリとした危険な光が。


「ま、まあ、あいつも去った事だし、この町はもう大丈夫だろうね」


引きつったあらしの声に、全員でハッと気がついた。そういえば今はこの町を救うためにこうやってここに立っていたのだった。


「確かにな、あいつがいなくなったんだからもう平気だろう」
「……ははは、そうだよな、そうだと良いよな」


乾いた笑いに全員でクロの方を見る。クロはというと、固い笑顔で辺りを見回していた。


「……ここにいっぱいいるカゲらも、いなけりゃ良かったんだけどなぁ」
「「?!」」


ぎょっとした瞬間、カサコソと蠢いていた影たちがいっせいに飛び掛ってきた。
そういえばあの男も言っていた。「ここから生き延びてみろ」と。


「「っぎゃあああああー!」」


反撃の間もない。5人が叫び声をあげている間にカゲ達は襲い掛かって……こなかった。
何故か強い光がカッと光り、カゲ達がどんどんと消えていったのだ。


「「……?!」」


5人が呆然としていると、後ろからライトを持った何者かが話しかけてきた。


「間に合ってよかった。……しかし、何とも久しぶりだな旅人たちよ」


そこにいたのは、微妙な懐かしさが滲み出る体の透けた男だった。

04/2/11



 

 

 
















ペルソナとはラテン語?らしいです。(goo辞書調べ)
意味はここでは「仮面」という事にしてます。精神的な仮面というか。華蓮の事ですね。
これ、初めて小説内で題名を使ってません。だからどうしたって感じですが。