カーニバル
町は大混乱だった。今からサーカスも公演され、カーニバルも始まるというその時に、いきなりどこかが爆発したのだ。
それと同時に正体不明の「影」のようなものが襲ってきたもんだからさあ大変。人々はパニックで逃げ回った。
楽しい祭りの夜は、いきなり惨劇の渦へと巻き込まれたのだった。
その中で、男が不気味に笑っていた。
「ハハハハハ、さあ、カーニバルの始まりだ!」
「……何だ、一体何が起こってるんだ……?!」
半ば呆然としながらのウミの言葉。しかし、他の4人も同じような心境だ。
この男が「始めるぞ」とか言った瞬間、影みたいなのは出るわ通りが一気に騒がしくなるわ。
本当に一体何が起こってるんだか分からない状態である。こんな時はひたすら呆けるしかない。
そんな中で、ナギだけが男に向かって叫んだ。
「あなたが『名も無き魔法使い』ね!今すぐこれをやめなさい!」
「ッククク……止めて欲しければ止めれば良いのだ。さあ止めてみせろ!」
「言われなくてもっ!」
ナギは相棒の剣を手に持ち、果敢にも男に突っ込んでいった。
しかし、ナギが剣を一閃したその先には既に男の姿は無く、声だけが響く。
「まあこのカーニバルを楽しみたまえ。ハッハハハハ」
「くそっ!」
悔しそうに周りを見回したナギは、ハッとしてこちらに駆け寄ってきた。しかも何故か剣を構えているように見えるのだが。
「「……え?」」
「伏せて!」
ナギの声にとっさに5人はさっと地に伏せた。その頭上を身軽に飛び越えるナギ。
次に聞こえてきたのは、なんとも形容しがたい断末魔の叫び声だった。
どうやら5人の背後に何かが迫ってきていて、それをナギがやっつけてくれたようだ。
「まいったわ……いきなり始めるなんて……!」
額の汗を拭うナギに、身を起こした華蓮が話しかけてきた。
「……少し尋ねて良いですかナギさん?」
「ん、何?」
「さっきから聞いてると、今のこの事態を予期していたように思えるんですが」
「何だかあのおっさんの事も知ってるみてえだしな」
重ねてクロも言うと、ナギは真面目な顔で頷いた。
「あいつは『名も無き魔法使い』と呼ばれている悪党よ。とても強い魔力を持っていて、色んな町や都市を襲っているの」
「そっそんな恐ろしい奴だったのか……」
「そう、そいつがこの町にやってくるという噂を私たちは聞いたの」
「「?」」
何故そんな恐ろしいものがやってくると聞いたにも係わらず、このサーカス団はやってきたんだ?
その時、背後から声がかけられた。団長だ。
「皆無事か?」
「団長!あいつが今ここに……!」
「そうか、今町人を救出している所だ。私たちは奴を追うぞ」
「はい!」
「「ちょっと待て!」」
今すぐ走り出しそうな団長とナギに5人は慌てて待ったをかけた。これではまったく今の状況が分からない。
「何で今この状況でそんなテキパキしてるのさ!」
「おお、これまた申し遅れた」
あらしにズビッと指を突きつけられて、団長はくるりと向き直ってきた。
「普段は夢あふれる愉快なピエールサーカス団。しかしひとたび事件あらば団員全員で戦う正義のピエールサーカス団なのだ!」
「「正義のピエールサーカス団?!」」
それはもうサーカスという枠を超えているように思えるのだが。
「ピエールサーカス団団員全員がそれなりの力を持っている。今も皆で戦っているのだ」
「もちろん私も戦うわよ!」
にっこり笑いながら剣を掲げてみせるナギ。あの美しい舞で敵を倒していくのだろう。なんとも恐ろしい剣技だ。
その時、通りから派手な音が聞こえた。あの黄色いテントから何か太いものが生えている。それは、大砲だった。
「な、何だあれ?!」
「あれは普段は人間大砲の見世物として使っているものだが、いざという時はその名の通り人間砲弾となった団員を発射するのだ」
「「人間……砲弾?」」
首をかしげている間に、その大砲からドンという音が鳴り響いた。それと共に、何だかやけに丸いものが飛び出してくる。
声らしき音も微かに聞こえてきた。
「ガハハハハ!くらえカゲどもめー!」
「……道化師ってあんな事もするもんなのか……」
クロが半ば呆然と呟く。それに、団長もうむっと頷いてきた。
「デーブはこのピエールサーカス団一の強力な人間砲弾だ。あの体で弾み、敵を押しつぶす」
なるほど、それなら向かう所敵無しであろう。しかしそれでは他の者も巻き込まれないだろうか。
その疑問に答えるようにナギが口を開いた。
「大砲が出たという事は……町人の避難がもう終わったのね」
「そのようだな、さて、私たちも早く……」
とそこで団長は言葉を止めてヒュンと鞭を振るった。鞭は、背後に迫っていた影を一瞬のうちに払いのける。
「……後ろを見ずに……」
「この程度の奴なら気配で分かるさ。しかし、数が多いな」
その言葉に、全員で辺りを見回す。一体何者なのか分からぬ影達はそこらじゅうをカサコソ這いずっている。
そしてそれらは、無数に存在しているように思えるほど大量で……。
「……ってこれはまさか、囲まれているんじゃ……」
「うむ、そのようだ」
「「ぎゃーっ!!」」
叫んだとたん、目の前を白いものが掠めた。と思ったら、その白いものは次々に影に向かって飛び込んでいった。
その白いものとは。
「……ハト?」
そう、それはどこをどう見てもハトであった。しかし、何故ハトがこんな大量に?
すると、シルクハットを手に持ったノッポーがこちらへやってきた。
「量には量で対決するのが一番なのである」
「ノッポー!ありがと!」
ナギが嬉しそうに礼を言う。ノッポーの持つシルクハットからはまだ白いハトが飛び出し続けていた。
これを手品という一言で片付けてもいいのだろうか。
「さあ、団長もナギも早くあいつを探すのである」
「助かったぞノッポー。さあ来い!」
ピシーッと団長が地面を鞭で打つと、しばらくしてドドド……と地響きが聞こえてきた。
まるで何か巨大なものがこちらへ走ってくる音のようだ。
その時、目の前に現れた生き物、それは象だった。
「「でかっ!!」」
「よし、行くぞ!ナギ君ついてこい!」
「はい!」
ヒラリと象に文字通り華麗に飛び乗った団長は、ピシーッと鞭を閃かせた。それに答えるように象はパオーンと鳴いて走り出す。
ナギも走り出そうとし、思い出したように5人のほうへ振り向いてきた。
「そうだ、あなた達は危険だから今すぐこの町を出て!」
「「!」」
「元々全く関係が無い事だもの。また、縁があったら会いましょう!」
そして、ナギはウミに向かってニコッと微笑む。
「仲間が早く見つかるといいわね!それじゃ!」
そのまま駆けていったナギの背中を、5人は黙って見送った。
確かにこのままでは危険だろう。ナギの言う通り、自分達はたまたま通りかかった旅人だ。この事件に関係は無い。
しかし……。
と、そこでウミがハッキリと言った。
「……人魚は、仲間のピンチを見捨てるような事は出来ない」
それに、決意を固めたように他の4人も頷いた。
「確かに関係が無い事かもしれないけど……」
「何言ってんだ!オレたちあのサーカスでバイトしたんだぜ?」
「そうよ関係あるわよー!仲間じゃないー!」
「ここで逃げ出すっていうのも、かっこ悪いですからね」
互いの思いを確認しあった5人は、1つ頷いて共に走り出した。
何が出来るかはわからないが、仲間を助けるために。
カーニバルという名の影たちの宴は、まだ始まったばかりであった。
04/2/7