旅の仲間



町にサーカスがやってきた。ピエールサーカス団という今話題のサーカス団だ。
その訪れと合わせて町ではカーニバルも開かれるので、町はもう大騒ぎだった。

サーカス団は、黄色いテントごと町へとやってきた。
周りには取り囲むように何台もの馬車が並んでいて、そこからはひどく愉快なサーカス団員が降りてくる。
町の大通りには人があふれ、笑いがあふれていた。
その中に、ひたすらビラ配りに勤しむ5人の雑用係が存在していた。


「ピエールサーカス団がやってきたぞーっ!こら受け取れ!」
「とーってもおいしい……じゃなくて面白いわよー!」
「来ないと許しませんよー」
「だから俺はただのビラ配りでサーカス団員じゃないから別にタルから何か出てくるって訳じゃないんだよ!」
「……町に入る時使うっていうのはこれの事だったのか…」


ビラを抱え人に埋もれながらあらしは呟いていた。まさか、町に入る瞬間からこんな派手にやるとは思わなかった。
さすがピエールサーカス団。確かに舐めていた。
派手といえば、この町も派手だ。普段は普通の町だろうに、カーニバルが行われるからだろうか思いっきり装飾されまくっている。
もちろん町人も今の時点でハイテンションだ。
つまり、この町は既にお祭りさわぎだったのだ。


「おーい!配り終わったかー?!」


クロが人に埋もれながら、それでも背が高い方なので頭を見せて手を振ってきた。
対してシロは全く見当たらない。あらしでさえ押しつぶされそうだ。


「……やっぱりこの人ごみに突っ込んでビラ配るのが間違ってたんじゃ……」
「皆さん大丈夫ですかー?」


1人、人の群れから外れて華蓮が呼びかけてくる。きっと彼女はこうなる事を予期していて、この人ごみに入らなかったに違いない。
あらしは手の中にあった何枚かのビラをそこら辺にばら撒いて、人を掻き分けながら外へと出た。
ああ、正常に呼吸ができるというのは素晴らしい。


「あらしー、大丈夫ー?」
「うん大丈夫……ってシロ、いつの間に外へ?!」
「足の下くぐってきたのよー。下のほうがスカスカだったわー!」


あらしはなるほど、と納得した。ここは背が高い者じゃなく低い者のほうが有利なのかもしれない。
その証拠に、クロは今這い出てきたがウミは未だに戻ってきていない。タルでも突っかかっているのだろうか。


「あーっ……大人数の中っつーのはこんなに苦しいもんなんだな」


大きく伸びをしながらクロ。それにシロも頷く。


「本当よー!皆よく集まっていわれるわねー」
「集まるのが好きなんでしょう。じゃあ、ビラ配り終わった事だしテントの方へ行きましょう」
「そうしようか」
「んだんだ」


あーやれやれと4人が移動しかけた所で、背後から忘れ去られていた叫び声が上がった。


「だから!そのタルからは何もでないんだって言ってるだろ!…た、たすけてー」





「5人ともお疲れ様。大変だったでしょう」


広場に止められてたテントの裏にあった箱の側で5人でぐったりしていると、ナギがやってきた。
彼女は今練習していた時に着ていた服ではなく、綺麗な衣装に身を包んでいる。


「ああ、死ぬかと思った……」
「これはいつも団員がやる事なんですか?」
「そうよ。でもこれ大変だから誰もやりたがらないの。だからあなた達がやってくれてとても助かったわ」


そう言ってナギはうふふと笑った。もしかしたらデーブとノッポーに嵌められたのかもしれない。


「でも後は公演を待つばかりね」
「楽しみだわー!」


談笑していた5人とナギ。そこへ、1人の怪しい影が。


「……すまないが、お前たちはこのサーカス団の者達か?」
「「は?」」


そいつは、黒いフードを目深に被ったとてつもなく怪しい男だった。ので、自然と警戒は強まる。
ナギが少々緊張した顔で答えた。


「私はそうよ。でも、この5人は旅人だから団員ではないわ」
「ほう……旅人か……」


男はゆっくりと5人のほうへ目を向けた。フードからチラリと覗く闇色の瞳には、光の影も見えない。
それがまた、男の不気味さを醸し出していた。
男は、そのままニタァと笑ってきた。


「それは少々運が悪かったな……」
「「……っ!」」


5人が訳の分からぬプレッシャーに汗を流したその時、

ジリリリリリリリリリ!!

いきなりこの重い空気を引き裂くように甲高い音が響いた。


「「ぎゃーっ!」」
「何?!何の音なの?!」
「あ、あれっ?」


周りがオタオタする中、あらしは急いで自分のポケットの中へと手を入れた。そこから音が聞こえてきた気がしたからだ。
間もなく手に握られて出てきたのは……銀色に光る時計。


「……あ、これって草原で拾ったやつ……」


音は確かにその時計から発せられていた。というか、これはアラーム機能まで付いたものだったのだろうか。
すると男は、少し驚いた様子を見せた。


「……その時計は……!小僧、それは一体どこで手に入れた」
「こぞ?!」
「これは普通に草原に落ちていたものを拾ったんですよ!」


カチーンときたあらしに代わって華蓮が答える。それを聞いた男はしばらくした後可笑しそうに笑い始めた。


「そうか、そうか。自分に反応して鳴ったのだな。くっくっく……」
「……あいつ頭大丈夫か?」
「こ、こら!めったな事言うんじゃない!あんな盛大に怪しい奴に!」
「それも十分言ってるほうだと思うが……」


男は笑い終わった後、サッと時計を指差してきた。


「それはただの時計ではないぞ。時を支配し、遥か昔から壮大な時を刻み続ける真の時計だ」
「「?」」
「それがあればお前達の時を時計を通して自分は全て見ることが出来るのだ」
「はん、こんなちっこい時計のどこにそんな力があんだよ」


挑発してきたクロを、男は目を細めて見つめた。


「……ほう、片翼の悪魔か、珍しいな」
「?!」


その言葉に、クロだけじゃなく5人全員が驚いた。
クロは見た目は完全に人間である。それなのに悪魔と、しかも片翼だと何故分かったのだ。
ただナギだけが不思議そうな顔をしている中、男はさらに口を開いた。


「その時計の力だ。時計でお前達の過去を見たからこそ分かる」
「そ、そんな事が……!」
「出来るんだよ、自分には。……ほほう、ここにいるもの大体が面白い過去を持っているな」


ニヤッと笑う男に、皆自然と恐怖を感じた。過去を見れるとは本当なのか?


「まず普通の種族ではないな。天使もいる。オオカミ女も。……おお、人魚は2人もいるのか。珍しい。それに後は人間か……ん?」


男は、銀色の時計を握り締めていたあらしに目を留めた。


「……可笑しい」
「「?」」
「見えない……過去が見えないぞ。数年前から綺麗に何も見えなくなってしまう」
「「?!」」
「……やっぱり、見えないのか……」
「えー?!どういう事なのよー?」


それに驚いた様子もないあらしに、シロが慌てて見上げてきた。すると、ウミもこちらに顔を向けてきた。


「何だか予想していたような口調だが……」
「だって忘れてるから、見えないかなーって」
「「は?」」
「また『忘れた』?」


そうだっと頷くあらしの頭を、クロがペシペシ叩いてきた。


「おいおい痴呆もいい加減にしろよー。一体どのぐらい忘れたっつーんだ」
「えー……数年前からごっそりと……っていうか叩くな!」
「見えない部分全部と言うわけか?」
「いくら忘れっぽくてもそれは無いでしょう」


すると、あらしは少々困った顔になった。


「それが本当に忘れてるんだ。それまでのもの全部」
「「……え?!」」
「僕が覚えてるのは、何も無い広い場所で目を覚ましてから後のことだけで、その前の事は全く覚えてないんだ。忘れちゃったんだよ」
「……それは、つまり……」


あっけにとられた皆の中で、華蓮が恐る恐る口を開いてきた。


「記憶喪失、というやつ……ですか?」
「やっぱりそうなのかな」
「前の事全く覚えてないんなら、そうなんだろうよ」
「そうか…。僕はてっきり忘れっぽいだけだと思ってたんだけど」
「「あり得ねえよ!」」


そこで、男が納得顔でふむ、と頷いた。


「記憶が無いのなら見ることが出来ない。だから見えないのだな」
「ってかそーいう事はもっと早く言っとけっつーの!」
「そうよー!びっくりしたじゃないー!」
「別に言う必要も無いかなと思ったんだよ。言うタイミングも無かったし」
「大体、何もかも忘れたのならその名前は一体どうしたんですか」
「とりあえず困ったから、自分でつけたんだ」
「自分でつけたのか……」
「……くっ……くっくっく……くくくく……」


いきなり笑い出した男に、5人は気味が悪くなって思わずそちらに目を向けた。
すると、男はなおも不気味に笑いながら言ってくる。


「面白い。面白い旅人達だ。どうだ、自分の仲間にならないか?」
「「はっ?」」
「5人まとめてで良いぞ。自分には巨大な力がある。望みも多少叶えてやる事が出来るだろう。どうだ?」


いきなりの誘いだった。普通ならばすぐに断る所だが、この男に圧倒的な力があるのは、誰にでも分かる事だ。
もし、ここで断ればどうなるか分からない。

しかも、男の言った「望みは叶えてやる」という言葉。

それぞれどんな望みを持っているのか分からないが、この男なら、叶えるだけの力を持っているように思えた。
男の存在自体に、何かの魔力でもあるのか……。心のどこかで囁きかける。


仲間になれ、と。


しかし、皆がどう思ったかは分からなかったが、あらしは一歩前に踏み出した。
そして男に指を突きつけて、ハッキリと言った。


「僕は、今の旅の仲間で十分だっ!」
「「!」」
「これ以上何か増えられても困るし!」


最後に何か付け足されたが、その言葉にははっきりとした力が込められていた。
そしてその力は、他の4人の迷いを吹き飛ばすのに十分な強さがあった。


「オレも!陰気くせえおっさん何かと仲間になるのはゴメンだぜ!」
「今の皆でちょうどいいわー!」
「人の過去を勝手に覗く奴は信用できないからな」
「あなたとはあまり気が合いそうに無いですしね。やりにくくなるだけです」


目に光の戻った5人に、ただ黙って見ていたナギはほっと胸をなでおろした。
怒るか呆れるかするだろうと思ったが、男はニヤニヤ笑っているだけだった。
だが、その顔には今までと違う不気味さがちらついている。


「そうか、残念だ。大人しく仲間になっていればよかったものを」
「んなにをーっ?!」
「そうすれば……痛い思いをせずにすんだというのに」


男の言葉が終わると同時に、ドオン!という大きな音が町中に響いた。何かの破裂するような音だった。
5人とナギが驚いている間に、男は両手を広げて、そして高らかに宣言する。


「さあ、始めるぞ」

04/2/2