金貨3枚



狭くボロイ箱の中で、あらしクロシロウミ華蓮は深刻な顔で円になっていた。
サーカス団の話ではもうすぐ結構大きな町に着くらしい。その前の少しの休憩時間の間に5人はこうして緊急会議を行っているのだ。


「……今状況はとても深刻な状態だ」


あらしが重々しく言うと、4人はゴクリと喉を鳴らす。華蓮が少し躊躇いがちに口を開いた。


「一体……後いくつなんですか……?」


それにあらしは顔を伏せながら苦しげに答える。


「……3」
「……っ!」
「なんてこった……」


思わず息を飲むウミ。呆然と呟くクロ。


「つまり……あたしたちこれからどうなるって事なのー……?!」


涙目で言うシロに、あらしは覚悟を決めたようにキッと顔を上げて、宣告した。


「つまり……僕らはこれから残金3Gで町に入ることになるんだ!」
「「ああっ……」」


残酷な現実に、全員で頭を抱えた。
……つまり、常に金欠気味の旅はここに来てとうとう残り3Gとなってしまったのである。
そう、金貨が3枚だけ。これでは1人1Gにもならない。


「まさかここまで追い詰められるとは思いませんでしたね……」
「仕方ないじゃん……お金は減る一方だったんだから……」


暗い顔の華蓮にため息をつきながら答えるあらし。そこに、まだ頭を抱えていたウミがじと目で尋ねてきた。


「大体、あらしは今までどうやって旅をしてきたんだ?」
「そーだぜ!町でバイトでもしてたのかっ?!」


ガバッと起き上がってきたクロに、あらしは難しい顔になる。


「いや、ギルドに入ってるから行く町々で少しのお金が貰えたんだ。それに旅途中に拾ったものを売ったり……」
「なんだよ、金貰えるんじゃねーか」
「じゃあ次の町にでも貰いに行きましょうよー」


とたんに明るい顔になったクロとシロに、あらしがやれやれとため息をつく。


「もうすっかり忘れてるし……」
「「何が?」」
「前に立ち寄ったギルドで僕らは何をした?書庫の整理の仕事で」
「書庫?」
「整理?」
「「……あっ!」」


そこで全員が思い出した。語尾に「ネ」のつくギルドマスター。散らかった書庫。文字の滲んだ本。竜のお宝。そして大破した本棚。
そうだ、自分達はあそこから逃げてきたんだった。


「ギルド同士連絡は取り合うからきっと僕らの事は知られているよ。……しばらくはギルドに近づかない方が良いんだ……」
「てゆーかあらし!お前が本棚切らなければこんな事にはなんなかったんだぞ!」
「あ、そんな事言うか!字も読めないくせに!」
「ここでそんな昔の事言い合わないで下さいよ!撃ちますよ!」


落ち着きを取り戻した5人は、またもやハアッと深いため息。
これでは竜のお宝どころではなく、その前に餓死でもしてしまいそうだ。


「ううー……餓死だけはしたくないわー」


お腹をさすりながらシロ。しかしこの中では何でも食べる彼女が一番生存率が高いような気がする。
と、そこへ、相変わらずフラフラしながらノッポーがやってきた。


「何か深刻な問題でもあったのであるか?」
「あー長い人だわー」
「いや実は残金が3Gしか無くてね……」
「それは……随分と深刻であるな……。ちょっとそれを貸してみて欲しいのである」


首をかしげながらも、あらしはノッポーの手に3G渡した。
すると、ノッポーはその3Gを1度ぎゅっと握り締めてまたパッと手を開いて見せた。
しかしそこには……。


「あー!お金が無いわー!」
「消えたぞ!」
「おいこらオレたちの全財産どこにやったんだよ!」


ギャーギャー騒ぐクロとシロとウミに、ノッポーは可笑しそうに笑った。


「分かったのである。すぐに出すのである」


そしてまた手を閉じて開いて見せた。それだけで手の中には金貨3枚が。


「「おおおーっ!」」
「残念ながら我にも増やすことは出来ないのである」


優雅に一礼してみせるノッポーに、5人は感心して思わず拍手した。さすが、ピエールサーカス団一の手品師を自称するだけはある。


「しかし、金が無いのならばこのサーカス団で少し働いてみればいいのである」
「「え?!」」
「雑用程度の仕事ならいくらでもあるのである。団長に我から頼んでみてもいいのである」


突然の話なのでしばらくあっけに取られたが、よく考えればとてもいい話じゃないか。
少々の雑用ならおそらくこなせるだろうし、何よりサーカスで働けるなんてめったに無い。
そこで、面白い動きをしながらデーブもやってきた。


「なんだー!一体どうしたー!」
「デーブ、彼ら金が無いらしいのでこのサーカス団で働かせてみないかと考えた所であるが、どう思うであるか?」
「金が無いのかー!そりゃあ我らは大歓迎だぞー!」


ガハハハと相変わらずでかい声で笑うデーブ。その後にでもな、と続けてきた。


「サーカスを舐めてかかると辛い思いをするぞー!覚悟を決めておけー!」
「上等だー!きっちり驚くぐらい働いてやるぜ!」


挑発に乗りやすいクロが立ち上がって返事を返した。まあ、皆やる気だったのでよかったが。


「よしー!じゃあ団長に話をしにいってやるかー!」
「すぐ帰ってくるから少し待ってるのである」


2人は馬車の一つに入っていったが、すぐにノッポーが出てきた。


「OKである。町に入る時使うと団長は言ってたのである」
「「おおー!」」
「町に入る時何かするのかなー!」


すでにワクワクしながらシロが尋ねる。きっと働くというものを甘く見ているに違いない。
すると、さらに舐めた様子でクロが答えてきた。


「ま、何でもいいけどよ、このオレがバッチリ稼いでやる!」
「クロ頑張れよー」
「応援してるからな」
「私たちの分まで稼いで下さいね」
「っておい!全員で働くんだろーが全員で!」


そこで、馬車の1つからノッポーに声がかけられた。


「おい!そろそろ出発するから乗れってよ!」
「分かったのである」


慌しくノッポーは馬車の元へ戻っていった。そして、いつものように団長の号令がかけられる。


「では出発だー!」
「「おおーっ!」」


大移動を再開したサーカス団に混じって、箱もゆっくりと動き出す。その箱の中で、あらしは手の中の金貨3枚を見つめていた。


「……?何ー?そのお金何かあるのー?」


不思議に思って覗いてきたシロに、あらしは笑いかけた。


「いや、1人で旅してる時はこれだけでも結構生きていけたんだよ」
「え、そうなのー?」
「うん、頑張ればね」


そう、こんな金貨3枚でも1人の時は十分大きなものだったのである。しかし今は、とても足りない額なのだ。
1人と5人は、大きく違う。

そう、大きく違うのだ。

金貨3枚を惜しむ気持ちはもちろんあったが、3Gと引き換えに、あらしは今大きなものを手に入れている。


(1人旅もいいけど……仲間もいい、かな……)


ようやくそう素直に思えるようになってきたあらしであった。

04/2/1