剣



野原を移動するピエールサーカス団は、昼頃に休憩を入れた。やはり飯の時間は大切なのだ。
その隙に、サーカス団についてきていたボロ箱の旅人5人は見学させてもらう事にした。


「しっかしまー変わった奴が集まるもんなんだなーサーカスって」


自分の事は棚に上げてクロが呟く。確かに見る限り、町人Aとか普通の人間はいない。
だからサーカス団に入れるのであろうが。
とそこでシロが尋ねてきた。


「ねー、あちこち回ってるサーカスって、他にもあるのよねー?」
「そうですね。サーカスだけでもないですしね」
「えーそうなのー?」
「ほーそうなのか!」
「そんなものなのか」


隣で聞いていたクロとウミも入ってきた。


「私はあちこちを回ってる劇団というのを聞いた事ありますよ」
「劇も面白そうねー!」
「今回はサーカスだろう」
「オレは最強悪魔団に会いたかったぜーっ」
「いやそれは無い無い」


話しているうちに、団員達の少ないテントの裏の方へやってきていた。
表の方で昼飯を作っているので、こっちにはほとんど人がいないはずなのだが。

1人だけ、熱心に剣を振り回している者がいた。

いや、振り回すという表現は適切ではないだろう。剣を手に持つその女は、真剣な表情で舞っていた。
ちゃんとした舞台ではなかったが、それは十分に美しいもので……。思わず5人はボーっと女に見とれていた。
程なくして、女がこっちに気付いて動きを止める。


「……あなた達は」
「っすごーい!すごーく綺麗だったわ今のー!」
「おお!何だあれすげーな!」
「ありがとう。確かあなた達宝石を拾ってくれたっていう旅人さんたちよね?」


女は嬉しそうに笑いながら尋ねてきた。どうやらこの話は広まっているらしい。


「私はこのピエールサーカス団一の剣技師ナフィアリュイノン・ギヴァースカ、愛称ナギよ。よろしく!」
「よろし……、……はい?」


挨拶を返そうと思ったあらしは思わず聞き返していた。何だか今、とても一発では覚えられないような発音難しい名前が聞こえた気がするのだが。
よく見たらクロもシロも華蓮も世にも奇妙な顔をしているので、聞き間違いではないようだ。
すると、ただ1人驚いた顔をしていたウミが、本名ナフィアリュイノン・ギヴァースカ愛称ナギに話しかけた。
その目に僅かな期待の光を輝かせて。


「その名前は……もしかして君は河人魚か?」
「「は?」」


ウミの発言に4人で呆けていると、ナギも目を丸くして口を開いた。


「名前で分かるなんて……あなたも人魚なの?」
「ああ、海人魚だ」
「そんな……!こんな所で同族と出会えるなんて思わなかったわ……!」
「ちょ、ちょっと待って。ちょっと聞いていい?」


勝手に話を進めるウミとナギに、あらしは慌てて間に入っていった。


「その……河人魚と海人魚っていうのは……」
「河に住んでいる人魚と海に住んでいる人魚だ。人魚はこうやって分かれてるんだ」
「へ、へー……そうなんだ……」


ウミはその名の通り海人魚で、海に住んでいたらしい。あらしはさらに続けた。


「じゃあ、名前で分かったって……?」
「人魚は名前が長いんだ。だから生まれたときに親から本名と愛称を貰うんだよ」
「ややこしい事してんだなあ人魚って」
「え、じゃあウミさんにも本名あるんですか?ナギさんのように長ったらしい名前が?」


ウミは、あっと何かに気付いたような顔をした。


「まだ言ってなかったか?」
「「ちっとも聞いた事ありません」」
「忘れてたか……いや、名乗るのがこれまた面倒だったものでな……」


うっかりうっかりと頭をかいた後、ウミは改めてナギに向き直った。


「俺はメロウ・アクリス・ラー・イルダーナ・ネレイド・エイギル、愛称ウミだ。よろしく」
「ウミね。よろしく」
「うわさらに長かったよ……」
「ナギさんの3倍はありますね」
「しかもこう聞いてると愛称のウミって本名関係なくないか?なあ」
「え?今のってどこからどこまでが名前だったのー?」


4人が背後でブツブツ言ってると、本名メロウ・アクリス・ラー・イルダーナ・ネレイド・エイギル愛称ウミが憮然とした表情で振り返ってきた。


「だから俺もあまり名乗らないんだよ。実際5歳ぐらいになるまで自分の本名を知らなかったぐらいだからな」
「じゃあそんな長ったらしい名前付けなきゃいいだろーがよ!」
「人魚の伝統なんだから仕方ないだろう!」
「はん。オレなんて単純明快!バッチリ一発で覚えられる素晴らしい名前だぜ!」
「……単純すぎるのもどうかと思うがな……」
「んだとおらぁ!このクロ様にケチつけんのかあ?!」


睨み合い始めたクロとウミはほっておいて、華蓮がナギに向き直ってきた。


「何故人魚なのにこうしてサーカスにいるんですか?色々大変でしょう」
「水無くて困ったりしないのー?」


見上げてくるシロに、ナギはにっこりと笑いかけた。


「確かにこの生活は大変よ。前に練習に熱中しすぎてうっかり干からびそうになった事もあるけど」
「うっかり干からびそうになるって……やっぱり人魚って大変だなあ……」
「そうよ、水の中の方が気楽に過ごせるわ」


でもね、と、ナギは剣を握り締めながら笑顔で言った。その笑顔は、ピエロ姿の道化師デーブと同じ輝きを放っている。


「水の中じゃ剣は使えないのよ。私、こうやって剣を振り回すのが好きだから」
「それじゃあサーカスじゃなくても良かったんじゃないですか?」
「そうなんだけど……何だか団長についていきたくって」


どうやら団長は思ったより親しまれているようだ。と、そこにクロと乱闘していたウミが再びやってきた。


「そ、そうだ、聞かなければならない事があるんだが」
「何?」


ウミは息を整えてから、真剣な瞳でナギを見た。


「俺ははぐれた仲間を探している。どこかで人魚の噂を聞いたことは無いか?」
「ああ、そうだったの……。そうねぇ、噂、か……」


考え込むナギを、ウミと他の4人は固唾を呑んで見守った。しかしナギは残念そうに首を横に振る。


「ごめんなさい、同族の噂はあまり聞いたことが無いわ」
「そうか……」
「あ、仲間を探しているなら、このサーカス団に入るのも1つの手よ」
「「えっ?!」」


思わぬ言葉に全員で驚いていると、ナギはにっこり笑顔で言った。


「だってピエールサーカス団は世界中を回っているのよ。どこにでも行くわ」
「でもそれは普通に旅する事でも出来るぞ」
「それだけじゃないのよ。公演すれば有名になって、仲間が先に気付いてくれるかもしれないし」
「はっはー。なるほどなー」


クロが感心したように言ったが、ウミはキッパリと断った。


「いや、それはやめとく」
「え、何で?」
「……目立つのは好きじゃないんだ……」


別に見せれる特技もないし……とブツブツ呟くウミに、ナギはなーんだ、とため息をついた。


「せっかく同族と公演出来るかもって思ったのに」
「やっぱり人魚って少ないんだ?」
「そうね、少ないわ」


あらしの問いにナギはすぐさま答える。


「陸にいるのはもっと少ないもの。世界中回っててもしょっちゅう見かけるものじゃないわ」
「だから探すのも大変なんだよな……」


深いため息と共にウミ。ウミも結構苦労してるんだなあとあらしはしみじみ思った。
伊達に干からびそうになりながらも大地の上を旅していない。


「まあそれなら仕方ないわね。……仲間探し、頑張ってね」
「ああ、ありがとう」
「私はここで剣技の腕を磨くわ」


ナギは目の前に誇らしげに剣を掲げて見せる。


「これ、父さんに貰ったものなの。ずっと一緒にいる相棒よ」
「剣が相棒なんですか?」
「そうよ。このサーカス団で公演し続けて、人魚の仲間たちに私の剣技を見せてあげるの」


ナギは剣を大切そうに抱きしめながら笑顔を作った。


「水の中だけじゃなくて、陸の上も結構良い所だって」
「そうだな」


それに頷き返しながらウミは遠くを見た。頭に浮かぶのはかつての故郷か、はぐれた仲間か。


「人魚も、もっと世界に目をやっても良いと思うんだがな」


その言葉には、どこか深いウミの思いも入っているように思えた。
ナギは剣を柄に納め始めた。練習をこれで終了するのだろう。


「今度つく町で公演するから、その時ちゃんとした舞台の私を見てね。人魚の剣技というものをじっくり見せてあげるから!」
「わーっ!楽しみだわー」
「でもさっきのも十分すごかったぜ」
「ですね」


そうだそうだと頷く5人を見て、ナギは照れたように笑う。


「もう照れるからそんな褒めないでよ!……でも、ありがとう……!」


このサーカス団の団員はよく笑うんだな。あらしはふとそんな事を思った。

04/1/27



 

 

 














ウミのあの長ったらしい本名はネーミングセンスの無い自分に代わって友人に考えてもらいました。ありがとう友人!
人魚の設定本当に自分独自です。河人魚海人魚なんて本物はありません。たぶん。

これで100のお題とうとう4分の1です。祝え祝え!