道化師
「でっけー!でっけー!」
「すごーい!すごーい!」
クロとシロが大興奮でテントに駆け寄った。真っ青な晴れ空によく映える黄色が眩しい。
野原の真ん中にデンと立つテントを指差して華蓮が尋ねた。
「ここにテント張ってるって事は、ここで公演するんですか?」
「いや、違う」
「え?じゃあ何で……」
「テントの足元をよく見てみたまえ」
団長に言われてどれどれとテントの下に目をやってみると……何だか車輪がいくつも付いた台車が。
「こうやって広い場所を移動する時はテントをたたむのが手間かかる、という事でこのまま運んでいるのだよ」
「「なるほど……」」
「普段はたたむのだが今回はこの野原を移動する事になったからこの代々伝わる台車を使ったわけだ」
「おもろーっ!」
「へえーすごいなあ」
5人が興味津々にテントを見上げていると、テントの周りにある何台かの馬車の1つから1人の人間が顔を出してきた。
「……あ、団長が帰ってきたぞ!」
「やれやれ、やっとか!」
「宝石は見つかったんですか?」
すると、ぞろぞろと色んな人々が表に出てきた。男も、女も、たくさんいる。どうやら全員このサーカス団の団員らしい。
「随分と人数が多いんだな……」
「これぐらいいないとサーカスは出来ないのである」
いつの間にかノッポーが後ろに立っていた。そういえばデーブの姿が見えない。
「?丸いおっさんがいねえぞ?」
「デーブは着替えにいったのである」
「は?着替え?」
その通りである、とノッポーは頷いてみせる。
「デーブは常に自分が道化であるように訓練しているのである」
「ねーその道化って何をするのー?」
サーカスをよく知らないシロが尋ねると、いつも通り華蓮が答えた。
「まあ色々意味はあるんですが、サーカスで言えばピエロですね」
「ピエロ」
「変な格好してる奴だろ?」
「そうです。わざと失敗したりおどけた姿をして客を笑わせる役ですよ」
「そう、道化師とは人に笑われるために存在しているのである」
ノッポーは、そう言った後にっこりと笑いかけてきた。
「しかしデーブはそんな道化師を誇りとしているのである。無論我も、このサーカス団の団員全員、皆誇りを持って生きてるのである」
「「ほおー……」」
「何かそれかっちょえぇじゃねーかよ!」
「いや、そんな、照れるのである」
クロがノッポーをウリウリとからかっているのを視界に入れながら、あらしはサーカス団を見渡していた。
団長が戻ってきたのでこれからまた出発するのか、団員は慌しくあちこちを走り回っている。
1人1人が全く違う人間。しかし、団員達の顔は何故か輝いて見えた。
デーブが言っていた。『団員全員が家族のようなものだ』と。まさにこの中にいると、そんな家族の温かさが感じ取れるようだ。
何だかおかしい。こんな風に働く団員達も、サーカスも見るのは多分初めてのような気がするのだが。
懐かしさを感じるのは一体何故だ?
「おい、あらし」
ボーっと立っていたあらしは、ウミに声をかけられてハッと気がついた。
「は?え、何?」
「何ボーっとしてたんだ?どこか遠いところを見てたぞ今」
「とうとう頭がいかれてしまったかと思いましたよ」
「とうとうって失礼だな。ちょっと……懐かしいかもって思ってただけだよ」
「何だ?お前サーカスで働いてたりしたのかあ?」
クロに尋ねられて、しかしあらしは首を横に振った。
「違う……と思う、多分。いや……分からないなあ……忘れた」
「いやこっちが分かんねーよ!」
「何かあらし、さっきから忘れた忘れたばっかりねー」
笑いながらのシロに言われて、あらしは少々ムッとしながら言い返した。
「仕方ないだろ、忘れたものは忘れちゃったんだから。忘れっぽいんだよ僕はきっと」
「痴呆か?」
「斬るぞクロ!」
「お、落ち着けって、テント壊す気か!」
5人がテントの前で物騒にもめていると、いきなり陽気な声がかけられた。
「よーうようよーう!元気だなお前らー!」
「「?!」」
ビックリして思わず動きを止めた5人の目の前に、まるで玉が弾むように丸い男が飛び出してきた。
そいつは言うまでも無く、デーブだ。
「うわー!面白い格好ねー!」
「当たり前だー!面白いように着替えてきたんだからなー!」
ガハハと笑うデーブの顔にはひどく愉快なペイントがしてあり、鼻は丸くでっかい赤っ鼻になってしまっている。
服はとにかくド派手で、遠くから見てもきっと一発で誰だか分かるだろう。
これが、道化師デーブの姿なのだ。
「団長がもうすぐ出発するってよー!ついてくるなら勝手についてこいよー!」
「乗せてくれないんだ……」
「馬車は団員でいっぱいだー!お前らはちゃんと乗り物持ってるんだからそれに乗ってくればいいだろうがー!」
「じゃあ乗るかー」
馬車と比べるとよりいっそうボロくみえる箱に乗り込んでいると、デーブをいたく気に入ったらしいシロがまだ話しかけていた。
「ねえねえ、それでこーえんするのー?」
「そうだー!これでずーっと公演するんだー!」
「他にどんなのをサーカスでやるのー?」
そう尋ねられて、デーブは僅かに考え込んだ。
「そうだなー!ノッポーは手品をやるし、ナギは剣技を見せるし、空中ブランコや人間大砲に……」
「すごいすごーい!」
「本当に色んなものをやるんだな」
「おお、忘れてならないのが団長の猛獣ショーだなー!」
「「猛獣?!」」
デーブはすごく得意げに胸をそらしてみせる。胸、というか腹だが。
「あれはすごいぞー!団長のあの鞭さばきでゾウもライオンも見事に操って見せるんだからなー!」
「本当に操れるんですか?」
華蓮が口を挟んできた。オオカミ女の彼女的には、獣を操るという行為が素直に許す事が出来ないに違いない。
「操れるともー!ピエールサーカス団の見せ場の1つだからなー!」
「お前の見せ場はどこなんだよ?」
クロの言葉に、デーブは少しの間をあけて豪快に笑った。
「ガハハハ!道化師に見せ場なんてあるわけないだろー!道化師は人に笑われてなんぼな役だからなー!」
「えーそうなのー?」
「そんな笑われる役で良いのか?」
ウミが聞くと、デーブは笑いながら答えた。
「サーカスにはそういう役が必要なんだよー!つまり、我は必要な存在というわけだー!ガハハハ!」
「でも人に笑われるのによく耐えられますね。私はうっかり撃ち殺してしまいそうになりますよきっと」
華蓮が苦い顔をしながら言う。
普通の人間ならばうっかり撃ち殺しそうになるまではないだろうが、確かに続ける事が出来るかどうか。
しかしデーブは、なおも笑っていた。
「我が人を笑わせる事が出来るんだー!我の動き1つで笑いが起こるというのは結構気持ちいいことだぞー!」
「「!」」
「だから我は道化師に誇りを持ってるー!もちろんこれからも続けていくつもりだー!」
人を笑わせる道化師の笑顔は、どこまでも真っ直ぐだった。
思わず5人があっけに取られていると、ノッポーがやってきた。
「そろそろ出発なのである。デーブも早く乗るのである」
「おおー!そうだったー!じゃあなお前ら、しっかりついてこいよー!」
デーブとノッポーが馬車に乗り込むと、馬に乗った団長が声を上げた。
「では出発だー!」
「「おおーっ!」」
大きな掛け声と共に、まずテントが動き出した。それに続いて、馬車も次々と前に進んでいく。
これはすごい大移動だ。
「……なんつーかさ……」
三輪車をこぎ始めながら、クロが少々呆然としたように口を開く。
「何か、でっかいよな、色々と」
「……うん」
あらしも頷いた。
本当、このピエールサーカス団は、何もかもが大きかった。
04/1/25