絶対者



その声が聞こえた瞬間、丸い男デーブと細長い男ノッポーは目に見えるほど顔色が変わった。体の動きも固まって、声も出なくなる。
その様子に、5人は首をかしげた。


「だ……」
「団長……」


デーブとノッポーは青い顔のまま、声のした方向へと顔を向けた。
そこには、こちらを見下ろしている白馬に乗ったダンディなおっちゃんが。


「宝石を捜すと出て行って早2時間。様子を見に来てみれば旅人に喧嘩を売ってるなんて、一体何をしていたんだ」
「い、いや団長、これには海よりさらに深い訳があるのである」
「そうだ団長ー!こいつらが宝石を返してくれないんだー!」
「シャラーップ!」


叫んだ団長はシュタッと馬から飛び降りると、ひらりと取り出した鞭で地面をビシーッと叩いた。
それだけで2人はビクッと沈黙する。


「それはお前達が詳しく話をしなかったせいではないのか?」
「「うっ……」」
「まったく……」


団長はふーっとため息をつくと、クルリと5人へと向き直ってきた。


「君たち、うちの団員が迷惑をかけたようだ。すまないね」
「「いやいや……」」


5人全員慌てて団長に頭を下げた。
何の団長かは知らないが、このおっちゃんには何か逆らえない気がする。そんなオーラが漂っているのだ。


「どうやら君たちは宝石を持っているようだが」
「……ここで拾ったんですよ」


しぶしぶといった様子で華蓮が握り締めていた宝石を団長に見せた。すると、団長はふむ、と頷いた。


「実は以前ここら辺りに宝石を落としたのだが、どうやらその宝石は私のもののようだ」
「でもよー、オレたちが拾ったんだぜ?」


素直に返すのが癪なのか、クロが不機嫌そうに言う。他の4人もせっかく拾った宝石を大人しく返すのに抵抗があるようだ。
それを見た団長は、しばらく考え込んだ後すぐに顔を上げてきた。


「それではその宝石と引き換えに我々と共にしばらく旅をしないか?」
「「はあ?」」
「それは一体私たちに何の得があると?」


全員で怪訝な顔をすると、団長は得意げに胸を反らしてみせた。


「きっと気に入ってくれると思うのだがね」
「だから……」
「どういう事だ?」
「おっと、これは申し遅れていた。私の名はピエール。世界中を旅しながら公演している、ピエールサーカス団の団長だ」





「サーカス楽しみー!どんなのかしらー!」


共に旅する=タダで公演を見せてくれるという事らしく、5人は興味津々でその交換条件を飲んだ。
今サーカス団の待っている場所まで行く途中で、白馬に乗った団長についていっている所だ。
シロはどうやらサーカスは初めてらしく、さっきから異様にはしゃいでいる。


「オレは小せえ頃に見たことあるぜ!あんまり覚えてねーけどな」


一生懸命三輪車をこぐクロがそう言うと、ウミも華蓮も頷いた。


「俺も何回か見た事があるな」
「私も。まだ何も知らなかったあの若き日々に」
「あらしはー?」
「え、僕?さあ……どうだったんだろう、忘れたなー」
「でもよ、世界中旅しながら公演すんのって何かすげえよなー」


クロが感心したように言う。確かにサーカスなんて道具や色んなものがたくさん必要だろうに、それで旅をするとは。
すると、箱の横を必死に走ってついてきているデーブが話に割り込んできた。


「おおよー!大変だぞ大勢での旅はー!」
「あらゆるトラブルもあるし、上手くいかない時ももちろんあるのである」


デーブの横から、ふらふらしながらも息を切らした様子がないノッポーも入ってきた。


「でもそれを団員力をあわせて乗り切っていくのも、旅の醍醐味なのである」
「おおその通りだー!我々ピエールサーカス団は家族のようなものなんだー!」
「1人1人何の接点も無いのにですか?」


少々憮然としながらの華蓮の言葉に、デーブは笑って言った。


「接点はあるともー!皆このサーカス団が大好きだー!」


ノッポーも笑う。


「つながっているものは心だけで十分なのである」
「うん、仲間はそれで十分だ」


そこで予想外にウミもうんうん頷いてきた。


「人魚は仲間を大事にするものだ。だからその気持ちは分かる」
「そうよねー!仲間って大事よねー!」


シロがニコニコしながら言うと、デーブもノッポーも走りながら笑いかけてきた。


「でもこうやって団員皆で旅が出来るのも団長のおかげである」
「確かに団長あってのピエールサーカス団だからなー!」
「お前らさっきその団長見てすっげえビビってたじゃねーか」


意外に速い団長の乗った白馬に遅れないようにクロが踏ん張りながらボソッと言うと、2人は一瞬うっと言葉に詰まった。


「そ、それは仕方ないのである」
「団長怒ると怖いんだよー!鞭が痛いんだよー!」
「でもー確かに怖かったわー」
「何だか逆らえないオーラが出ていたというか……」


シロとあらしが言うのを見てデーブとノッポーはこくこくと頷く。


「そうなんだー!団長にだけは逆らえないんだよなー!」
「言わば『絶対者』というやつなのかもしれないのである」
「ぜった……何だってぇ?」


クロが理解できなかったらしく尋ねてきた。すると、華蓮が説明してくれた。


「王とか神とか、そういう絶対的な存在の人物の事ですよ」
「よく分かんねえなあ」
「つまり、偉い人って事かー!」
「ま、そんなものです」


尋ねてきたデーブに華蓮が頷く。この様子だと彼にも意味が理解できなかったようだ。ちなみにシロもへーという顔をしている。
そこでふと思い出したようにあらしが口を開いた。


「そういえば……そんなに走ってて疲れない?」
「このぐらいどーって事ないぞー!」
「サーカス団員をなめないで欲しいのである」
「2人は一体サーカスで何をやるんだ?」


ウミが聞くと、二人とも声も表情も変えて答えてきた。おそらく、これがサーカスの中で使う表情なのだろう。


「我はピエールサーカス団一の手品師ノッポーである」
「我はピエールサーカス団一の道化師デーブだー!」
「道化師って……ピエロの事ですね」
「え、じゃあ2人でコンビ組んでるわけじゃなかったんだ」


すると2人はさも当然といわんばかりに頷いた。


「あったりまえだろうー!タイプが違うからなー!」
「何故コンビだと思ったのであるか?」
「いや……体型というか何というか……」
「漫才か何かのコンビかと思ってたぞ……」
「皆の衆!」


その時、前方から団長が声をかけてきた。そして、バッと手を広げる。


「ようこそ!ピエールサーカス団へ!」


草の生い茂る大地の上に、大きな黄色いテントが鮮やかに立っていた。

04/1/23