宝石



所々に木がポツポツ生えただだっ広い野原。その中を、1つのボロボロな箱が突き進む。
そしてその箱からは、深い重いため息ばかりが聞こえてきていた。


「……はあ……」
「「………」」


おまけにそのため息の主がいつも1人でうるさい奴なので、自然と他の皆も押し黙っていた。


「……はあぁー……」
「……クロ」
「あん?」


盛大にため息をついていたクロが背後から呼ばれて振り向くと、いきなりあらしにデコチョップを食らった。


「ってー!なっ何しやがんだあらし!」
「えーいさっきからはぁはぁうるさい!息吐き出すその口を少しは閉めとけっ!」
「んだよ、オレそんなにため息ついてたか?」
「「もうつきまくり」」


4人に口を揃えて言われ、思わずクロはうーっと唸ってしまった。


「大体友人と別れたぐらいで何ですかそのローテンションぶりは。ウジウジ男らしくありませんよまったく」
「だってよー、今まで随分と忙しかったじゃねーか。いきなりこう……平和になると……どーも気が抜けて気が抜けて」
「あ、それ分かるわー。あたしもそのせいでお腹減ってお腹減って」


シロ、それはいつもの事だろう。と、心の中であらしがつっこむ。
心の中でつっこんだのは、声に出したらあるいはその空になった腹に己が入ることになるかもしれないからだ。


「とりあえず箱のスピードも落ちてるし、もっと気合入れてこげよ」
「へいへい、分かってるよ」


ブツクサ言いながらクロが力を入れて三輪車をこぎ始めると、野原を眺めていたシロがピクンと何かに反応した。


「あ、何か光ったわー」
「水か?」


素早くウミが尋ねてくる。もうすぐでタルの水が無くなるからに違いない。


「何だか小さいものよー」
「水じゃないのか……」
「小さいものって、一体何ですか?」
「これは……何か食べれるものに違いないわーっ!」


何故そうなる?!っというつっこみを入れるヒマもなく、シロは箱を飛び出していってしまった。
前にもこんな事があったような。


「やばい、金目のものだったらどうしよう!」
「おいおい、食われる前にシロ止めねーと!」
「待って下さいシロさーん!」
「俺たちが金欠気味なのは知ってるだろ!」


金に困った人間ほど汚いものは無い。近頃金欠で悩んでいたこの旅人たちは、ものすごい勢いでシロを追いかけた。
そして一番最初に追いついたのは、やっぱり足が異様に速い華蓮だった。
オオカミ女だから、というのもあるだろうが、金が掛かっているからだろう。


「まず何かを確認してから食べなさい!」
「やーん食べ物ー!」


どうやら無事に間に合ったようだ。華蓮がシロの襟首をひっ捕まえて止めたらしい。


「ちゃんとお腹が空いた時はウミさんがいるでしょう」
「だってーもう飽きちゃったんだものー」
「お前達さりげにひどいよないつも……しかも俺だけじゃないか……?」
「何言ってるんですかウミさん。私は皆平等にひどい事言ってますよ」
「自覚あるならやめろ!」


シロと華蓮とウミがわーわー騒いでいるうちに、後から追いついたクロが光っているものを拾ってきた。


「っへー!何だか綺麗な石だぞこれ!」
「石?」


ほれっと手渡されて、あらしはまじまじとその石を見つめた。
石は綺麗な透明。小指ほどの大きさだが、きちんと形も整えられている。ただの石ではない事は、見ただけで明らかだ。
……これはもしや、アレではないか?


「ま、まままさか……これはまさか……っ!宝石では?!」
「何ですって?!」


ぐわっと今まで見たこと無いような素早さで華蓮があらしの元へやってきた。そして、ひったくる様に宝石らしき石を手に取る。


「この輝き……この固さ……確かに宝石のようですね……!」
「や、やっぱり?!こんな所に落ちてるなんて……!」
「これはすごいものを拾っちゃいましたよ……!」


あらしと華蓮が興奮していると、クロもシロもウミもポカンとして2人を見つめていた。


「宝石を拾って、何でそんなに興奮してるんだ?」


どうやら宝石は知っているらしいが状況をよく分かっていないウミ。華蓮は宝石を握り締めながらキッとウミを睨みつけた。


「何ほざいてるんですかウミさん!宝石というのはこれ1つだけでも随分と高価なものじゃないですか!」
「ああ……まあ確かに」
「私がこれだけ持って逃げても、しばらくは食べ物や寝る所にも困らないんですから!」
「「待て待て待て」」
「冗談ですよ。冗談」


今あらしには華蓮の目が本気の光をちらつかせている様にしか見えなかった。
とにかく、と、華蓮はぐっとこぶしを握り締めてみせる。


「これを叩き売れば金欠の旅から抜け出せるんですよ!」
「はっ!そうかっ!」


ようやく思い立ったらしいウミがポンと手を叩いた。
その様子を見ていたクロとシロは、宝石が一体どういうものなのかは分からなかったが、


「つまり、金になるんだな!」
「その通りですっ!」
「つまり、美味しいものを買えるのねー!」
「その通りですっ!」
「「おおー!」」


と、どうやら納得したようである。ふと、あらしは華蓮を見た。


「しかし華蓮、僕はてっきり『宝石を売るなんてもったいない事出来ませんよ!』とか言い出すかと思ったよ。ほら、女の子だし」
「甘いですねあらしさん」


華蓮は、とびっきりの笑顔で言った。


「世の中金ですよ。金」
「……僕は君を見くびってたよ。ごめん」


思わずあらしは謝っていた。普通に笑っていれば普通に美人なのに。


「それじゃあ思わぬ収入もあったし、そろそろ出発しようか」
「「はーい」」
「早く換金しましょう!」
「ちょっと待ったー!」


声は背後から聞こえてきた。え?と振り向くと、そこにいたのは球に近い丸い男と、棒に近い細長い男。
なんてアンバランスな2人組だ。


「何だあ?お前ら」
「そっその宝石は我々の物なのである。こっちに渡して欲しいのである」


妙にふらふらしながら細長い男。すると、最初に叫んできた丸い男の方も勢いよく頷く。


「そうだー!さっさと返せー!」
「こっちが先に拾ったんですよ。これは私たちのものです!」


いきなり渡せと言われてはいと応じる奴はいない。
華蓮がむっとして言い返すと、細長い男が気圧されたようにさらにふらふらと揺れた。


「デーブ、あいつら返してくれないようである」
「ビビるなノッポー!あれを持って帰らなければ我々は大変な事になるんだぞー!」


どうやら丸い男がデーブ、細長い男がノッポーというようだ。覚えやすい名前で大変助かる。
あっちにも何か事情があるようだが、こっちにもこっちなりの事情がある。ここは譲れない。


「早く渡さなければ力ずくで貰うぞー!」
「そう、その前に返して欲しいのである」
「おおやるか?オレ決闘は苦手だけど喧嘩は得意だぜ?」
「自慢になってないよクロ。自慢になってない」


クロとデーブが正面から睨みあう。何かきっかけがあればすぐにどちらも殴りかかるだろう。
今まさに、宝石を賭けた戦いが行われようとしていた。

その時だった。威厳のある、太い声が聞こえたのは。


「お前達、一体何をやっているんだ」

04/1/21