さいごの皇帝



「……!!」


前方に立つ男を見て、あらしは固まった。そいつはどう見ても、体が透けて見えるからだ。
体が透けている人間なんでありえない。つまりこいつは……少なくとも非凡!
しかし、横に立つクロとシロは涼しい顔で、


「おっさん死んでんのか?」
「ジバクレイねー」


と、のんきに話しかけた。やはり悪魔と天使だからだろうか。
ウミと華蓮はあらしと同じように体を動かすことなく立ち尽くしている。
体の透けた男は、わずかに微笑みながら言った。


「霊とは少し違う。私は魂ではない、生前の『思い』でここに存在している」
「思い……?」
「そうだ、そして私は」


と、男は瓦礫の都市を両手を広げて指し示した。


「この国のさいごの皇帝だ」


つまり、この国が滅びる直前の皇帝という事だ。


「コーテーって何よー?」
「国一番の権力者ですよ」
「また皮肉な言い方だな華蓮……」
「まあ立ち話もなんだからこちらに来たまえ。歓迎するぞ旅人よ」


朗らかに笑いながら皇帝は背後の建物の扉を開けた。
5人はチラッと顔を見合わせた。素直に信じてしまって良いものだろうか?

と、そんな風に心配している者は結構少なかった。


「じゃあお言葉に甘えて歓迎してもらおうじゃないか」
「わーい歓迎大好きー!」
「ずいぶんと気前のいい皇帝じゃねーか♪」
「ってそっちの目配せじゃないっつーの!」
「こういう時は素早いんですね……」


何だかんだ言ってよく騙されるウミと最初から何も考えて無いクロとシロは、皇帝の後ろについてさっさと建物の中に入ってしまった。
思わずあらしは頭を抱える。


「ああ……もうあいつらヤダ……」
「まあまあ、ここにいたって何にもならないんですから」
「うう……」


華蓮になだめられたあらしはしぶしぶ建物の中へ入ったのだった。





中はそれなりに広かった。
部屋の真ん中にはどっしりとした大きいテーブルがあって、椅子が10個ほど並んでいる。
その中の1つだけ豪華なものはきっと皇帝のものであろう。
思ったとおり、皇帝はその椅子に座った。
霊?も座れるんだなーとあらしは余計な事を考える。


「さあ、好きなところへ座りたまえ」


皇帝に促されて、5人は皇帝と向かい合わせになるように並んで座った。
じゃりっと砂を踏む音がわずかに聞こえた。廃墟の中では仕方ない。


「さて、それではこの国のことについて話そうか」


皇帝は全員が座るのを見てから、改めて語り始めた。


「この国は見ての通りとても栄えていた。しかし、ある日とある理由によって呪いをうけ……」
「や、やっぱり呪いなんだ?」
「このように滅びてしまった訳だ。呪いは今も続いている。だからこそここはいつまでも廃墟のままなのだ」
「一体何者がこの呪いをおこなったのですか?」


華蓮の問いに、しかし皇帝は首を横に振るだけであった。


「名は言えぬ。私はすでにこの世に亡き者だからだ。だかまあ……仮に鈴木とでもしておこうか」
「何故鈴木……」
「その鈴木はとても強い力を持っていた。そして、鈴木は今もこの世界のどこかに存在している」
「おっかねえなあ」


まったくおっかなさそうな顔でクロがつぶやく。


「この呪いは鈴木が解くか、死ぬかしなければ解けない。私もここに存在したままだろう」
「つまりあんたは呪いが解けない限り成仏出来ないという事か」
「その通りだ」


ウミの問いに重々しく皇帝が頷く。
この皇帝は、今までいくつの年月をこの廃墟と共に過ごしてきたのだろうか。
ふと、あらしはそんな事を思った。


「何で何でー?他の人はいないじゃないよー」


シロが尋ねると、皇帝はハッハッハと笑って答えた。


「何故かって?それは、私がこの国一番の権力者だからだ」


皇帝の運命は、常に国と共にあるのだ。


「……まさか、ここにいるだけで僕らにも呪いが……?」
「いや、これは国の呪いだ。心配は無い」
「そ、そっか、よかった……」
「しかし、この先まだ鈴木の呪いがある国もあるだろう。ここからは鈴木が最も活動する地域だからな」


今更だが、「鈴木」と聞くと恐怖が半減したように思える。


「これは忠告だ。旅を続けるなら戻った方が良い。危険だ」


皇帝の真剣な瞳と5人の視線が正面からぶつかる。
もし運が悪ければ、この皇帝のように……この国のようになってしまうということだ。

しばらくうーんうーんと考えていたあらしは、しばらくして顔を上げた。


「この先には、普通に道があるんですよね」
「そうだ」
「この先には、普通に町や国があるんですよね」
「ああ、この地が途切れる事は無いからな」
「それなら、僕らは先に進もうと思います」
「行くのか先に?」


ええっとウミがあらしに聞いてきた。本人としては行きたくないに違いない。
そんなウミにあらしはニヤーッと笑いかけてきた。少し怖い。


「戻ってもつまんないじゃないか。それに、僕は行った事の無い場所に行きたいんだよ」
「でもなあ」
「そんな根性じゃあ一生迷子のままだぜみなしご魚」
「何だとサボり魔悪魔!」
「じゃあ決まりー」
「うっ……」


まあどうせ意地になって逆らっても「刃物」の餌食になるだけであろう。
ウミはガックリとうなだれた。


「ああ、せめて水があれば良いな……」
「では行くのだな」
「はい」
「私に止める権利は無い。……気をつけて行ってくるが良い」


皇帝は、どことなく寂しそうに笑って見せた。





「この先にはもう1つ都市がある。そこも呪われているが、ここほど崩れてはいないから寄ってみると良い」


皇帝は行く先を指差しながら説明してくれた。


「色々すいませんねえ」
「ね、ね!1つ聞いていい?」
「む?」


先を促す皇帝に、シロはニコニコ笑いながら聞いた。


「スズキって美味しいのかしらー?」
「……?!」


これには、さすがの皇帝も目を丸くした。


「食う気かシロ……」
「だってお腹すいてるんだものー」
「魚のスズキなら美味しいですよきっと」
「先に言っておくが俺はスズキじゃない……って言ってるだろうがコラッ!」
「おら行けシロ!丸呑みしちまえ!」


周りそっちのけで乱闘を始めた5人に、最初はあっけにとられていた皇帝も自然と笑顔になっていた。


「その元気があれば大丈夫だろう。行って来い」
「言われなくても行ってくらぁ」
「ほら皆、箱に乗るぞー」
「そんじゃねーコーテー!」
「毎回歯形が絶えないな俺……」
「世話になりましたー」


ガラゴロギャーギャーとやかましい音を立てて去っていく旅人達に、皇帝は大きく手を振り続けた。

そして、ハッと気がついた。


「そういえばこの地は普通のものには入れないはずだったのだが……何故だ?……まあいい。普通じゃない連中だったし」


この国さいごの皇帝はしばらくその場に立ち尽くし、はるか遠いどこかへと思いを馳せていたが、やがて静かに己の国へと戻っていった。

03/12/5