荒れた大地



目の前に広がるのは緑のじゅうたん。そして目指す先には茶色のじゅうたん。
野原は前方で途切れ、むき出しの地面が地平線の向こうまで続いていた。


「先は随分と荒れてるな」


落胆の色を隠さずにウミが言う。きっと水分がなさそうだからだろう。


「前には一体何があるんだよー?」
「さあねえ」
「知らねえのかよ……」


呆れたようにカクンと首を落としたクロに、あらしはむっとして言ってやった。


「仕方ないだろ初めての場所なんだし。地図も無いし」
「シロの腹ん中に消えちまったもんなー」
「でへっ」
「私、ここら辺りの噂は聞いた事ありますよ」


笑いながら言う華蓮に、三輪車をこぐクロを除く3人が顔を向けた。


「うわさー?特産物がすんごい美味いとかー?」
「間違ってもそんな事じゃありません」
「あうー……」
「この先には、はるか昔に滅びた国があると聞いた事があります」


はるか昔に滅びた国。なるほど、この先の荒れた大地によく似合った噂だ。


「その国はとても栄えていたんですが、ある日突然滅びてしまったそうです」
「何だか良く聞く話だなあ……」
「ええー?何でいきなり滅びちゃったのー?」
「さあ、それは分からないですね……。内乱か、戦争か、それとも呪いか……」
「「呪い……」」


あらしとウミは思わず口をそろえていた。これから行く先に不吉な影がよぎる。
2人の顔を見て華蓮がクスクス笑い始めた。


「悪魔でも噂ですよ。まあ、この噂のせいでここら辺りには旅人は近づかないらしいですけどね」
「なーるほどなあ、通りで誰も見かけないと思ったぜ」


ちゃんと話は聞いてたらしいクロがぼやく。そろそろ野原を抜けてむき出しの地面に差し掛かってきた。
車輪が4つついただけのボロい箱は、不安定にガタゴトと揺れ出してくる。
あらしは、ずっと三輪車をこぐクロに顔を向けた。


「大丈夫かクロ?」
「なっはっは。クロ様を甘く見んなよ?持久力は人一倍あんだぜー」
「あたしのお腹の持久力は全然もたないわー」


ぐったりと箱のふちに顎を乗せながらのシロの発言。
どうやら腹が減ったと訴えているらしい。


「この先何があるか分からないんだからダメ」
「ケチー」
「シロさん、魚でも甘噛みしていてはどうでしょう?少しはもちますよ」
「何で俺の腕差し出してるんだよ!こいつ本当に食いかねな……あいたーっ!」
「おーい」


どたばたうるさい箱の中へと、クロがのんびり呼びかけた。


「前に何かあんぞー」
「「え?」」


地平線の向こうに、黒い影が見えたのだ。





それは廃墟だった。
しかしその規模を見れば、以前はそこが大都市であった事が伺える。壮大な荒れ様である。


「こうなればただの瓦礫の山だな」


箱から降りて周りを見回すウミ。確かに見渡す限り瓦礫ばかりだ。
同じように地面へと降りた華蓮が、笑顔のまま言った。


「もしかしたら噂は本当かもしれませんね」
「不吉な事言うなよ……」
「誰もいないのかしらー」


瓦礫をひっくり返しながらシロは、きっと人というより食べ物を探しているに違いない。


「どうしますか?これから」
「戻るのも面倒だし進もうぜ?何かあるかもしれないしな」
「いや、このまま進むのは危険じゃないか?戻って他の道行った方が良い」
「ああ?つまりオレに反対って訳か?」


意見が対立した悪魔と人魚は正面からにらみ合った。が、


「そうだな、このまま進んでみようか……」
「水なかったらどうするんだよ!干からびるじゃないか!」


あらしが言うと、ウミはすがりつくように異議を申し立てた。
半ば、というかほとんど強引についていくような形で旅仲間に入った4人は、あらしに逆らうと大体謎の刃物の攻撃にあってしまうからだ。


「水無くても3日ぐらいは大丈夫なんだろう?」
「それはそうだが、動きが鈍くなったりしてしまうんだ」
「ますます爬虫類みたいじゃねーか」
「何だとこのアホ悪魔ー!」


2人が追いかけっこしている間に、そこら辺りをウロウロしていた華蓮が戻ってきた。


「あっちに1つ建物が立ってましたよ」
「え?こんな荒れた中に?」
「そうなんですよねー。結構大きめでしたし」
「何かあるかもー!行ってみましょうよー!」


とたんに目を輝かせたシロは、言い出しながらすでに華蓮が指し示した方へと歩き出していた。
それに苦笑しながら、まだじゃれ合っていた2人を引っぺがしてあらしもそっちへ向かう。


「結局行くのか……」
「大丈夫ですよ、干からびたらちゃんとシロさんが食べてくれますから」
「まったく何の慰めにもなってない!」
「水ぐらいあるよたぶん。ほら、元気出せって」
「おいお前らちょっと待てっ!箱置いてったまんまじゃねーかこらあ!」


瓦礫に注意しながら箱を押して五人はそのまま前に歩いた。
しばらくは同じような景色が続いたが、やがてポツンと前方に何か見えてきた。


「あれか?」
「そうです、あれです」
「うーん、確かに何か不自然だな……」


遠目からだが、その1つだけ立っている建物がなかなか大きい事が分かる。
不自然に感じるのは、その建物の周りがやけにガランとしているせいかもしれない。


「?誰かいねーか?あそこに」
「「え?!」」


むーと目を細めて前方を睨むクロの視力は5.0ぐらいあるらしい。なので、全員が警戒しながら、それでも前に進んだ。
やがてあらしにも見えた。建物の前に静かに立つ、明らかに人の影らしきものを。
そいつは、こちらに体を向けてじっと立っていた。


「……どうする?」
「行くしかねーだろ」
「こうなったら前進あるのみよー」


5人全員で頷きあって、謎の影の前に姿を現した。
その影はやはり人物であった。少し背が高めの、大人の男。

男は両手を5人へと広げて、口を開いた。


「ようこそ旅人よ。今は亡き古の都市へ」


荒れた大地の上にひっそりと立つ灰色の壁が、男の体を通り抜けて5人の目に映っていた。

03/12/3