時計



ここは……深い森の中。
昼間でも地面に光はなかなか届かないせいかジメジメと陰気臭く、奥の闇からは何か恐ろしいものが飛び出してきそうだ。
この森に入ったものは、二度と出てこれないという噂が立つのも分かる。
空には、気味の悪い鳴き声を出しながら痩せた鳥が飛び行くのみ……


と、そんな所ではなかった。


ここは……ただの野原。
見渡す限り緑の絨毯。空にはお日様がぽかぽか照っており、何とも心地よい。
少々長めの草が生えているだけの、なんも変哲の無い野原だった。

そんな野原の一本道に、箱みたいなものが一つ。


「血の池は〜ゴクラクジョウド〜針の山〜はツボに効く〜っと」


それと共に、妙な歌が聞こえてきた。


「オニも笑えばエンマも笑う〜死んだらコイコイ楽園〜地獄〜」
「……ねえ、変な歌を歌うのはやめてよ」


歌っていたのは、四つの車輪が付いた箱を引っ張っている大きな三輪車をこいでいた人物だった。
その人物に声をかけたのは、箱の上にのっていた少年である。


「何だよ文句つけんなよ。コレは今地獄で最も流行ってる歌なんだぞ」
「そんな歌も流行るもんなんだな」
「地獄って……」
「ド田舎みたいなところですね、地獄って」
「……はあー……」


歌を歌っていた地獄出身の人間……もとい悪魔の名はクロ。

それに正直に納得していた人間……もとい男人魚の名はウミ。

呆れた目をしている人間……もとい正真正銘凡人(自称)の名はあらし。

何気に一番ひどい事を言ってる人間……もといオオカミ女の名は華蓮。

話に入らずお腹を抱えてため息ついてる人間……もとい天使の名はシロ。


普通に人間(?)をしているのはたった一人という変わったこの五人組は、いろいろあって共に旅をしている所だった。


「地獄って田舎なのか?」
「さあ、知りません」
「天国な〜んかやめときな〜逝くならコイコイ楽園〜地獄〜」


尋ねるウミに華蓮が無責任な答えを返している間に、懲りないクロがまた歌いだす。
この箱の中が静かになる事など、殆どといっていいほどなかった。

と、さっきから一言も喋っていないシロに、あらしが気付いた。


「どうしたのシロ?具合でも悪い?」
「……お腹、すいたー……」
「あっそ」


心配して損した、とあらしは正面に向き直った。
その時である。シロが地面に光る何かを発見したのは。


「あっ!」
「「え?」」


その声に全員が振り向いたが遅かった。すでにシロは箱から飛び降りていた。


「シ、シロさーん!」
「何か光ったー!」


華蓮が叫んだが、シロはおかまいなしに自分が見つけたものの方へと突っ走った。
それを見て、あわててクロは三輪車をその場へと止める。


「何か見つけたのかぁシロ?」
「光ったーとか言ってたぞ」
「やばい、止めるぞ皆!」


あわてて箱から下りるあらしに、他のものも続く。ウミは自分の命の源である水の入ったタルを忘れずに背負ってから、であるが。
一体何故、皆がこれほどまでに走っていったシロを心配するのか、それは、


シロは腹が減ってる時は特に、文字通りなんでも食うのである。


そのせいで天国を追い出されてしまうほどなのだから、その食べ様は凄まじい。
光っていたというものが実はとても危険なものでした、となったら、とても大変なことになる。
だから、こんなに慌てているのだ。

幸い今回は、足が(特に逃げ足が)速い華蓮が無事に追いついた。


「これは食べ物じゃありません!」
「ああーっ!返してよー」


華蓮に光ってたものを取り上げられたシロは半べそになって手を伸ばしてきた。このままじゃ華蓮ごと食べられそうだ。
そこでクロは、生贄、もといウミをズイッと差し出した。


「シロ、不味そうな魚だがまだ干物じゃないから食え」
「……!ちょ、ちょっと待てふざけんなこの悪魔!俺は人魚で魚では」
「わーい!」
「ってさっそく食うなぁぁぁ!」


ウミがかじられている間に、他の3人はシロが見つけた光っていたものを覗き込んだ。


「これは……」
「普通に時計だな」


そう、普通の時計だった。外側は銀、内の針は金で出来た、丸い手のひらサイズの時計。
いたって変わったところは見当たらない。


「ただの落し物でしょうか?」
「動いてる。まだ使えそうだなあ……」
「もったいねえから貰っとけよ」
「そうだね」


別に、落し物は交番に届けましょうという決まりも無いので、遠慮せずに貰っておくことにした。
あらしは華蓮から受け取った時計を、そのまま自分のポケットに入れた。


「それじゃあ出発しようか」
「んだな」
「その前にシロさん止めなくても良いんでしょうか?」
「そういえばウミ、大丈夫かな」
「おーいシロー。どこまで食ったんだー?」


それから、歯形がくっきり残った半死のウミを助け出したり、その半死のウミが水のおかげで生き返ったり、そこら辺にいた何かの動物をシロが食って満足したりして、やっと五人は箱に乗って出発する事が出来た。


箱は、さっきと変わらぬスピードのまま、野原の上をのんびりと進んでいく。


「ああ、本気で食われる所だった……一瞬黄泉に逝ったぞ」
「それにしてもウミさんてしぶといですね。さすが両生類」
「両生類はしぶといのか?!」
「つっこむ所違いますよ」
「光ってたやつってなんだったのー?おいしかった?」
「いや食べてないし。ただの時計だよ」
「チッ……なーんだ」
「悪〜魔〜悪〜魔〜俺らのヒーロー悪魔〜ホウッ!」



これが、一つの物語の始まりだとは、誰も気付けなかった。

03/11/24



 

 















とりあえずこの話で、5人の大体の位置付けを理解していただけると嬉しいです。