後継者



深い深い森の中を、1つの箱が突き進む。1人乗る者が増えた意外に丈夫な箱は、ゆっくりと森を東へと抜けている所だった。


「顔どこにいっちゃったのかしらー」


木々の間からチラホラ見える空を見上げながらシロが呟く。さっきからこうやって時々空を見ているが、顔は1度も見られなかった。


「もう諦めたのかもしれないな」
「ま、そっちの方がこちらとしては好都合だぜ」


ウミの背負ったタルに頭を当てながらリュウ。どうやら竜石の当たった所が痛むらしく、こうやって冷やしているのだ。
まだ上を見上げたままのシロの頭を、華蓮はポンと正面に戻すように叩いた。


「そんなアホみたいに上向いてると首が痛くなりますよ」
「華蓮何気にアホて……」
「だって他に何か見えるかもしれないじゃないー」


シロの言う何か、とは何か食べれそうなもの、という事に違いない。


「顔意外見えるもんなんてねーだろ」
「あとは鳥ぐらいですかね」
「普通顔なんて見えたらパニックものだけどね」
「……あっ」


いきなりシロが声を出したので、思わず三輪車をこいでいたクロは足を止めた。


「あ?どーしたシロ?」
「今何か見えたのよー」
「えっ顔?」
「それとも鳥か?」
「違うの、赤いものだったわよー」


赤いもの…赤い鳥だろうか。


「赤いといえば、リュウはすごい真っ赤だったよなあ」
「は?ああ、まあなー」


あらしの言う通り、リュウの竜の姿は燃えるような赤だった。


「あの赤はなあ、代々続いているものなんだぜ」
「「おおー」」
「竜人には昔から決まった色の家系ってもんがあんだよ。おれの家系は赤竜でな、結構有名なんだぜ竜の世界では」
「じゃあ結構な名家ってわけですね」
「すごいじゃんリュウ!」
「はっはっは、そんなに褒め称えんなって」
「あ、また赤いの見えたー」


相変わらず空を眺めていたシロが言う。さすがに気になって全員で上を見た。


「赤いのって一体どんなんだよシロ」
「何か赤いのがビューンて飛んでいったのよー」
「「分からんて」」
「鳥じゃないのか?」
「何かねー、鳥より大きいっポイわよー」


大きい?すると、全員の目にも赤いものが見えた。
早すぎて何かは分からなかったが、確かに少し大きい気がする。


「まーたあのくされ科学者の何かか?」
「でも生き物のような気が……」


まだ空を見ていたら、またもや赤いものが見えた。
そしてちょうどこの上でピタリと止まったかと思うと、そのまま下へと降りてきたのだ。

え、と思う間もなく、その赤いものは箱の側へとドシンと降りたつ。
そう、その赤いものとは何と竜だったのだ。


「「竜ー?!」」
「おおシュウじゃねーか、こんな所にどした?」


驚く5人をよそに、リュウだけがその竜に平然と話しかけていた。
という事は、やっぱりお知り合いか何かだろうか。


「どした、じゃないわよ!何年も連絡無しで帰ってこないんだから、おつかいついでに探してたのよ」


シュウと呼ばれたその竜は、詰め寄るようにリュウに迫った。口調と声からして女のようだ。
竜の姿では、性別も判断が出来ない。
5人が声も出せないでいると、竜はシュルシュルと人間の姿になっていった。さすがに竜の姿じゃあ不都合に感じたのだろうか。
代わりに出てきたのは、赤い髪を後ろで束ねた年頃の女の子だった。


「この近くで気配がすると思ったら……どうしたの?」
「いやな、竜石をちょっくら食らっちまったんだ。で、バッタリ偶然出会った友人と……」


と、そこでリュウは呆然としている5人にやっと気がついたようだ。


「あーシュウ、これが前に話した親友のクロ、で、こっちからあらしにシロにウミに華蓮だ」
「へー助けてもらったのね?」
「ま、そういうわけだ」


このシュウという女の子とリュウは家族か何かなのだろうか。兄と妹といったところか。
リュウは、今度はこちらに振り向いてきた。


「なあリュウ、そっちのやつは……家族か何かか?」
「おお、紹介が遅れちまってすまなかったな」
「「いやいや」」
「娘のシュウだ」
「父がお世話になりました」
「「何ーっ?!」」


予想外の紹介に全員開いた口が塞がらなかった。大声を上げた所を見るとクロも知らなかったらしい。
対するリュウは少々後ずさりしながら5人を見ていた。


「な、何だよ、そんなに大声上げる所だったのか?今の」
「リュウー!おっお前所帯持ちだったのかっ?!」
「あり?言ってなかったか?」
「初耳だバッキャロー!」


詰め寄るクロを、リュウはまあまあと落ち着かせた。


「まあ確かにおれも、平均よりはちょっと早い結婚だったと思うが」
「いや早過ぎないか?」
「こんなに大きい子どもいるんでしたら、結婚はいつだったんですか」


ブツブツ言ってくる5人に、リュウはうーんと考え込んだ。


「あのな、おれは一応お前達の倍は生きてると思うぞ」
「「え?」」
「竜の寿命は他とは違うんだよ。分かるか?」


つまり、見た目イケイケ兄ちゃんのリュウも立派に父になる歳というわけか?
思いもよらなかった人生のセンパイに、5人は少々複雑な思いだ。


「パパ、ママが心配してたわよ。一回ぐらい帰ってきてよ」
「んーそうだなー久しぶりにアリアの顔も見たいしなー」


パパと呼ばれるリュウに違和感ありまくりだった。


「でもこいつらここに落としたのおれだからなー、せめて森出るまでは見届けたいんだよ」
「森を出るまで?」
「ああ、だからもうちょっと待って……」
「それならもうすぐじゃない。あの向こうは森の外よ」
「「え?」」


シュウの指先の方向は今まで向かっていた方。このまま行けば森からすぐ出られていたというわけか。
何にせよ早めに森を出るべきだ、と、シュウも連れて箱はまた進み始めた。





女同士だからなのか、シュウは華蓮とシロとすぐに打ち解けていた。


「シュウさんのお母さんって、アリアさんっていうんですよね」
「そうよ、私が言うのもなんだけど、すごく美人なの!」
「優しいお母さんなのー?」
「うん、もうパパなんてママにメロメロなのよ。未だに!」
「所詮リュウさんも男と言うわけですね」
「仲が良いのはとても良いことだと思うわー!」
「でもママに頭上がらないしよく放浪の旅に出るし、情けないパパ持つと苦労するわよ」


ボロクソ言われているリュウであった。


「あーでもリュウの子どもかー、何か歳を感じさせるよなー」


一方三輪車をこぎながらクロはまだブツクサ言っている。まだ若いだろうに。
親友の子持ちが発覚してまだ立ち直れていないのだろう。


「おめーも早く相手を見つけて作っちまえよ。可愛いぞー」
「うるせー余計なお世話だ!」


憎まれ口を叩きあいながらクロとリュウは笑っている。たとえ相手が何者であっても、この2人は親友であり続けるのだろう。
何だかいいなあ、そんな友達がいるのは、と、あらしはぼんやり考えていた。





シュウの行った通り、それからしばらく前に進むと無事に森から出る事が出来た。
前には何も無い野原。頭上いっぱいに広がる青空が何だか懐かしく思える。
ここで、リュウとは別れる事になった。


「あのくそ科学者が心配だが、狙われてんのはおれだから大丈夫だろ。ま、元気でやれよ、また会いにくっから」


竜へと姿を変えたシュウの背に乗りながらリュウが言う。こう見ると、シュウはリュウの竜姿より小さいのがわかる。


「また会うまでくたばんじゃねーぞクロ!」
「それはこっちの台詞だぜリュウ!次会うときはじーさんかもなお前は」
「はん、じゃあお前は成仏してるだろーよ」
「オレは死なねーよ!」


クロとリュウは、ガッシと腕を組み合わせた。



「また」
「会う日まで」



クロが離れるのを見て、シュウがバサッと翼を広げた。
娘の翼は、両方とも体と同じ真っ赤である。


「それじゃあ皆さんお元気で」
「じゃあなー!」


赤い竜はあっという間に空へ昇ると、すぐに遠ざかっていった。
そしてその赤い点が消えて見えなくなるまで、クロは手を振り続けていた。


「シュウさんは、あの赤竜のリュウの後継者ってわけですね」


空を見上げながら華蓮が言った。確かにリュウが赤竜の名家ならばそうなる。

あの綺麗な真紅の竜は、そうやって代々受け継がれていくのだ。


「……さーて、オレたちも行くかあ」


じっと赤竜の去った空を見て動かなかったクロが振り返ってきた。
その顔は、いつものクロの顔だった。


「……そうだね、行くか」
「この先に何があるか、まずは確認した方がいいんじゃないか?」
「その前にご飯食べましょうよー。何も食べて無いわー」
「休むのはもうちょっと行ってからにしませんか?森のそばですし」
「よーっし!それじゃあとにかく出発ー!」


5人を乗せた箱は、今日も変わらず前へと進む。

04/1/11



 

 

 















クロとリュウはこっそりすごい年の差親友ですが友情に歳は関係ありません。
ちなみに竜の名家というのはうちオリジナルなので他のファンタジーにはやっぱり無いと思います。