長い夜



外はもう夜だった。気がつかなかったが、台座の下に潜ってから結構な時間が立っていたらしい。
さすがに屋台も人もいなくなっていたので誰にも見られずに神殿の庭を出る事が出来た。もう入場禁止になってたからかもしれないが。

像のある広場も、無人というわけには行かなかったが人は少ない。
静かな夜がこの賑やかな町にも降りている所だった。
その中に、危険な光をちらつかせる物騒な男が1人。


「はーん、これが英雄サンねえー」


立派に建っている英雄の像を怖い笑みのまま見上げる竜人リュウ。頼むから町中でこの像をぶっ壊すとかいう事だけはしないで欲しい。
そんな緊張の中、あらしはふと思い出した。


「そういえば、この像の変な噂とかあったよなあ」
「……ああ、そういやあったなあ」
「噂?」


あらしとクロは聖杯を探している時にこういう噂を耳にしていた。
ある真夜中に、英雄の像が動き出すらしい、と。
リュウの話だと、この像は結構最近、というかここ何年かの間に建てられたことになるが。


「こんなでっかい像がどうやって動き出すんだよ」
「まったくだ、ぎゃははっ!」
「だよな、そうだよな、じゃあ俺が見ているものは幻覚か?」
「「……は?」」


カタカタと震えながら像を見上げるウミに習って他の者も顔を上へと向けた。
そして見た。英雄の像の顔、顔だけが空に浮かんでいるのを。


「「………」」


動くどころか浮かんでいる。しかも顔だけ。
とてつもなくシュールなその光景に、全員の動きがカチンと固まった。
そのまま見上げていると、像の口から何かが出てきた。スピーカーというやつか。


『おいコラァ!聞こえるかてめえらコラァ!』


口から出たスピーカーからずいぶんと威勢の良い声が出てくる。てめえらとは自分達の事だろうか。
すると、リュウが浮かんだ英雄の顔に向かって声を張り上げた。


「おい!てめえは英雄か?!」
『違うに決まってんだろコラァ!』
「「違うのかよ!」」
『オレ様は世界一の天才科学者名をエンティ・ドマー!エディちゃんって呼ぶのは禁止だぞコラァ!』


何故その科学者が顔ごと宙に浮かんでいるのだろう。
全員でそう思っていると、エンティ・ドマーは普通に語ってくれた。


『数年前適度に拾い場所を見つけてオレ様型ロボを作ってたら勝手に英雄の像呼ばわりだぜコラァ!』
「ロボだったのかこの像」
「むしろ英雄じゃなくてどこかのおっさんだったんですねこれ」
『結局顔しか完成しなかったが、ここでじっと待っててよかったぜコラァ!』


今度は耳から手のようなものが出てきて、こちらを指差した。


『お前竜だろコラァ!』
「だったらどうしたコラァ!」
「リュウ、うつってる語尾うつってる」
『オレ様は竜を研究してえんだコラァ!大人しくオレ様の研究材料になりやがれコラァ!』
「ほざけ!誰が人間ふぜいの材料になるか!」


叫んだ後、リュウはくるりとこちらに振り返ってきた。


「あの顔、ムカついたからちょっくらぶち倒してくる」
「「えっ」」


浮かんでるのにどうやって?
と思っているうちに、リュウが空へと吼えた。その声は人の出せるものではなかった。
すると、みるみるうちにリュウの身体の形が変わっていく。それはまるで、華蓮がオオカミに変身する時の様で……。
そうこうしているうちに、リュウの身体はさっきの何倍の大きさになっていた。

鋭い目。長い尻尾。尖った角。真っ赤に燃えるような体色。そして左は身体と同じ赤、右は何故か闇色に染まった翼。
本物の竜の姿がそこにあった。


「「おおおおおー!」」
「かっこいー!」
「やっぱかっちょええぜリュウー!」


クロがリュウに憧れていると以前言っていたが、それは無理も無いことだと思った。
初めて生で見る竜というのは……想像以上にすごい。
リュウはじろりとこちらを見下ろしてきた。


「お前らはそこで待ってろよ。ちょちょいと行ってくっからよ」
「「はーい」」


声は姿が変わっても同じだった。華蓮もそうだったから、そういうものなのかもしれない。
リュウはバッサと色の異なる左右の翼を広げて、空へと飛び立っていった。その時の風で思わず飛ばされそうになる。
そのリュウを待ち構えていた英雄……いや、科学者のオッちゃんの顔は、


『竜だコラァ!本物だコラァ!やっと出会えたぜヒャッホォー!コラァ!』


と、何やら大興奮のようだ。リュウはその体格に似合わず素早い動きで顔の正面までやってくると、ギンと睨みつけた。


「おれに喧嘩ふっかけた事、後悔させてやるぜ」
『それはこっちの台詞だコラァ!今すぐ降参して材料になってくれるってんなら痛い目見ずにすむぞコラァ!』
「言ってろ!」


リュウはすうっと息を大量に吸い込むと、そのままそれを顔に向かって噴き出した。
すると口から出てきたのは何と炎。寸での所で顔は炎をよける事が出来た。


『あ、危ないぞコラァ!危うく焼き焦げるところだったぞコラァ!』
「そのまま炭にしてやるよっ!」


ぐんと顔に接近したリュウはまたもや炎を吐きかけようとする。
しかし、意外にちょこまかと動く顔はヒュンヒュン飛んでリュウから逃げていた。


「すごっ……!竜対謎のおっちゃんの顔型ロボ……!」
「何だか緊張感が抜けますね」
「もはや俺たちは手出しが出来ない次元だな……」
「リュウ踏ん張れー!後ろ!顔は後ろだー!」
「ひゃー!顔ぶつかるわよー!よけてー!」


もはや5人は下からリュウを応援する事しか出来ない。時々火の粉とか降ってくるが、そんなの気にしてられないほど頭の上での闘いに夢中だ。
もちろんそんなにでっかいのが空中で暴れていれば、いくら夜でも町の人が外に出てくる。
そして、竜対英雄(の顔)の激しい戦いを見るのだ。


「おお……!見ろ!英雄が……英雄の顔が竜と戦っているぞ!」
「英雄様があの赤い竜を倒すために復活なされたのだ!顔だけ!」
「頑張れ!英雄頑張れ!」


自称天才科学者モデルのロボを英雄の像と勘違いしたままの町人は、伝説のせいもあってか顔の応援をし始めた。
スピーカーやら手みたいなのが出ている顔が浮いているのなんて気にならないらしい。
そんな町人たちを、クロはキッと睨みつけた。


「おい、あのおっさんの顔応援して何の得があるってんだよ!リュウ応援しやがれリュウ!」
「クロ抑えろ!一応英雄だって思われてるんだからあの顔」
「あれが英雄だったらオレは我を疑うぞ!」
「いやまあそれはそうなんだけど……町の人たちはほら信じてるし」
「人間の思い込む力っていうのはすごいですね」


そんな事を話している間に、空中戦は変化を見せた。逃げ回るだけだった顔がリュウの背後に回りこむと、ボンと鼻から何かが飛び出したのだ。
何なのかは分からないが、とにかく食らいたくは無い。


「うぎゃあ!」


叫びながらもリュウはそれを何とかよけた。目標を外れた鼻から飛び出た物体は英雄の像の残された体にぶち当たり、ドカンと大爆発を起こした。
あれはどうやらミサイルらしい。精神的にも嫌なミサイルだ。


「おい、おれを殺す気かてめえ!」
『研究対象を殺すわけないだろコラァ!竜ならこれぐらい平気だろコラァ!』
「冗談じゃねえ!まともに当たったらいくらおれでも怪我するわ!」
「あれで怪我だけか竜」


地上からツッコミが入ったが、無論リュウに届いたはずも無い。
頭にきたリュウは、真正面から顔に突っ込んだ。


『きゃーコラァ!ミ、ミサイルぶち込むぞコラァ!』
「やってみろ!その前にそのいけすかない顔叩き落してやらあ!」
『くっくそーコラァ!』


必死に逃げようとするが本物の竜のスピードにかなう訳が無い。こりゃあリュウの勝ちだな、と5人が安堵したその時、


『これでも食らえコラァ!』
「ぶわっ!ゲホゲホッ!」


顔の両目からブワッと黒い煙のようなものがリュウに向かって噴き出された。思わぬ攻撃にリュウは咳き込む。


「リュウー!大丈夫かー?!」
「ゲホッ……ああ何とも無い……っと、あいつは!」


黒い煙からさっと飛び出して慌ててリュウは辺りを見回した。
しかし時既に遅し。顔はすごいスピードでこの場から遠ざかっていた。


『こういう時は逃げるのが一番だぜコラァ!あばよーコラァ!』
「逃げたー」
「くそーっ!このまま逃がすかってんだ!」


リュウは急いで後を追おうとしたが、いきなり急停止した後こちらへと降りてきた。
周りにいつの間にか集まっていた町人が悲鳴を上げて逃げていく。


「お前ら忘れる所だったぜ!全員箱の中に乗れ!特別に運んでやる!」
「「え?!」」
「その自転車みたいなのも乗せろよな!さあ早くしろ!」


どうやら箱ごと連れて行ってくれるようだ。
全員で三輪車を箱の中に運んでさあ出発だ、という所でクロがリュウに話しかけた。少々青い顔で。


「な、なあリュウ、という事はやっぱ……飛ぶんだよなあ?」
「ああ、思いっきり飛ぶな」


ニヤッと笑いながら(だと思われる。竜だし)リュウが言うと、クロの顔が余計に青くなった。


「い、いや、オレ走るわ。という事でヨロシク!」
「あ、こらクロ!」
「まあ待てっつーんだクロ!お前まだダメなんだなやっぱり」


本気で走りだろうとしたクロを、リュウがむんずと捕まえる。


「やっぱりダメって、何がー?」
「なっ何でもねえよ!何でもねえんだからな!」
「何でもねえんなら大丈夫だよな!よし!てめえらよーっく箱につかまっとけよ!」


ポイとクロを箱の中に放り込むと、リュウは箱のふちをしっかりつかんで、そのまま宙に浮いた。


「っぎゃあああー!やっぱ空はダーメーだーっ!」


でっかい叫び声はそのまま顔が消えた方向、東へと消えていった。

その後、ミサイルによって半分大破し、残った部分もクロ焦げの英雄の身体は
「英雄がよみがえった記念碑」
として長くこの町に残る事になる。
それほど、あの赤い竜と英雄の顔の闘いが人々の心に残ったという事か。
その闘いの結末は「見事英雄は竜をこの町から追い出し、自身も何処へと消えていった」という事になっているが、もはや当人達が知るすべは無い。

長い夜は、やっと今更けようとしていた。

04/1/5