この世界へ、己の内の思いを吐き出せ。
叫ぶ
町の外れにある1本の木。その枝に、1人の死神が腰掛けていた。ここいら一帯には民家も少なく、人もあまりやってこない。
ひっそりと静かに過ごしたい時にやってくる場所だった。
「今日も静かだな……」
死神がのーんびりと呟く。そのまま足をブラブラさせていると、木の根元に誰かがやってきた。
それは、可愛い白い犬を連れた体育会系の男だった。
「バイトの面接も受かったし、今日は良い日だなココロ!」
「キャンキャン!」
やけに上機嫌な男は、真上の死神に気付くことなくうーんと伸びをする。
「こういう時は、思いっきり走りたいな!」
「?!キャ、キャン!」
「ははは、分かってるよココロ!この前思いっきり転んだからしばらくは走らないさ!」
「クーン」
「しかし、それではこの高ぶった思いをどこへ吐き出せば良いんだ……!」
ウロウロと落ち着かない男と心配そうに男を見上げる白い犬を、死神はただ面白そうに眺めている。
やがて、男がハッと顔を上げた。
「そうだ!吐き出せば良いんだ!」
「キャン?」
「幸いここには誰もいない!近所迷惑にもならないぞ!」
正確には死神もいるのだが、そんな事を知らない男には関係なかった。
思いっきり息を吸い込んだ男は、そのまま思いっきり叫んだ。
「愛!してるぞーっ!」
「キャン!キャウーン!」
つられて吼える白い犬を、男は笑いながら撫でた。
「ああ、早くあの可憐でキュートな子に会いたいなあ!」
「クウーン」
「……よし、帰るぞココロ!家まで競争だ!」
「キャン?!キャン、キャン!」
凄いスピードで思いっきり走り去っていく男と白い犬を、死神は耳を押さえながら見送った。
「凄い声だったな……近所迷惑な……」
それからあまり時がたたないうちに、新たに2人ほど木の根元へやってきた。
それは、片思いの少女とその友達マキちゃんだった。
「ねーマキちゃん、大きな声がしたのってここらへんだったわよね!」
「もうだれもいないね」
「なんだーつまんない!愛してるなんて、誰に言ったのかしら」
学校帰りらしい少女とマキちゃんは、頭上の死神に気付くことなくその場で喋り続ける。
「でも、愛ならきっと私のほうがいっぱい持ってるわね!」
「いつも叫んでるもんね、「大好きー!」って」
「叫ぶ……そうだ、マキちゃん!私たちも叫びましょうよここで!」
「え、ええ?!叫ぶって、ここで?!何を?!」
戸惑うマキちゃんとは反対に、少女は張り切っていた。
「今の私たちの気持ちを叫ぶのよ!きっとすっきりするわよー!」
「でも……誰かに聞かれちゃうよ……!」
「大丈夫よ、ほら、誰もいないじゃない」
「それはそうだけど……」
正確には死神もいるのだが、少女とマキちゃんはまったく気付いていない。
少女は大きく息を吸い込むと、ありったけの思いを込めて叫んだ。
「大好きでーす!」
ふーっと息をついた少女は、隣のマキちゃんをほらっと促す。
「マキちゃんも早く!」
「ええー?う、うん……」
覚悟を決めたマキちゃんは、少女と同じように叫んだ。
「大好きですー!」
しばらく沈黙が続いた後、2人はキャーッと走り出した。
「はっ恥ずかしいー!やっぱり止めとけばよかった!」
「ねーマキちゃんの好きな人ってだれだれ?!」
「え?!い、いないよそんな人!さっきのは何となくで……」
「嘘だー!教えてよマキちゃーん!」
賑やかに去っていく少女とマキちゃんを、死神は無言で見送った。
「……あれは、自分が聞いてもよかったのかな」
それからすぐに、また1人木の根元へ誰かがやってきた。それは、友人だった。
「くそー、みんな青春してるなぁー、愛してるだの、大好きだの」
友人は少々落ち込んだような様子であった。
「それなのに俺はここで1人孤独か……はあ……」
正確には死神もいるのだが、それを知っても友人は喜ばなかっただろう。
ぐっと息を吸い込んだ友人は、半ばヤケクソ気味に叫んだ。
「俺は、大嫌いだー!」
ゼイゼイと肩で息をする友人は、おまけのようにボソッと呟く。
「テストなんて、嫌いだ……。ああ、どうやって親父に見せよう……」
ブツブツと言いながら去っていく友人を、死神は気の毒そうに見送った。
「……学生さんも大変だな」
そして、正面に向き直って静かに呟く。
「そして、誰も自分に気付かなかったな……」
それから少しの時間が立って、もう1人木の根元へやってきた。それは、少年だった。
少年はそこに立つと、真っ直ぐに頭上にいた死神へと叫んできた。
「おーい死神ー!やっと見つけたーっ!」
死神は、身を乗り出して少年を見下ろす。
「……どうしてここだと分かったんだい?」
「だって死神、橋の上にいなきゃ大抵ここにいるじゃん」
「そうか……そうだな」
「ねえ、もうすぐご飯だから帰ろう」
「ああ」
木から降りてきた死神に、少年は辺りを見回しながらこう尋ねてきた。
「ねえ死神、さっきここに誰かいた?」
「ん?何でだい?」
「ずっと何か叫び声が聞こえてきたんだよ。愛してるとか大好きとか大嫌いとか」
「……さあね」
ニヤニヤ笑う死神を半分不思議そうに、半分ムッとしながら少年は見ていた。
「何だよ、まさか死神が叫んでたのか?」
「いや、自分はまったく叫んでないよ。見ていただけさ」
「じゃあ誰が叫んでたんだよ」
「たくさんの人が叫んでいったんだよ」
「何だよそれ」
話しながら去る少年と死神を、1本の木は静かに見送った。
04/03/06
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叫ぶ時は真上に注意してください。こっそり死神が聞いているかもしれませんよ。