弓魂−きゅうこん− 第1射 異次元からアロー!
空に浮かぶは月。
黒に浮かぶは金。
夜に浮かぶは…猫。
「…弓張り月か…」
夜空に浮かぶ弓形の月を金色の目で見つめる黒猫の呟きは、車の唸り声によって掻き消えていった…。
ある高校の廊下を、1人の男子学生が歩いていた。
彼の名は『藤咲 潤太』。親に「何で潤也とかじゃなくて潤太にしたんだよ!」と問い詰めた事が過去に何回かある。
身長は平均より高め。頭は悪い方ではない多分。特に運動音痴でも無し。
「あんたは顔だけは良いわね。顔だけは」と母親に言わせた程なので、おそらく顔は良いのだろう。
こうやって並べ立てると実に人生をエンジョイしていそうな奴だが、1つだけ、一般人よりすこぶる悪い部分があった。
それはずばり、運。
運とは時に人の人生を一瞬にして変えることがあるほど、人生にとっては重要な要素である。
それがこの潤太君、極めて悪いのだ。前世の行いがそれほど悪かったのか、というほどついていない。
この運だけは、いくら努力しても治るものでもないので、本人はすでに諦めているのだが。
現在、今日も彼はついていなかった。
「おーい潤ちゃーん!」
背後からの呼びかけに、潤太は勢いよく振り向いた。
「潤ちゃん呼ぶなって言ってブゴバッ!」
「ジャストミートーアロー!」
潤太を猛スピードラリアットで撃沈させたのは、制服の中に赤いシャツを着ているのが丸分かりの1人の男子生徒だった。
しばらく痙攣してから、潤太は起き上がった。
「殺す気か!」
「いや、殺す時は生肉を曝け出すから」
「切り刻む気かよ!お前今のうちに逮捕されてろ!」
彼は生肉大好き自称『睡條 レア』。名前が自称なのは、本人がそうやって名乗っているから。
レアとは、きっと生焼きの「レア」の事だろう。
「お前、また赤いシャツ着てるのか?この前怒られて…」
そうやって言ってやろうとした時、潤太はハタと気が付いた。
その、赤いシャツだと思っていたものが、実は真っ赤では無い事に。
「…そのシャツ、何色なんだ…?」
「これ?何言ってんだよ、生肉色に決まってんじゃねーか」
「あるのか生肉色!どうりでやけに生々しい色だと思った!」
生肉色に身を包んだレアは、どこか誇り高い面持ちで胸を逸らして見せている。
「ああそうだ、実は潤ちゃんに頼みがあったんだ」
「だから潤ちゃんは止めろって…は?頼み?」
その言葉に潤太は思わずレアに聞き返していた。
こいつは何かあると頼みと称していつも潤太に押し付けてくるのだ。油断は出来ない。
「いや、生肉シャツ着てきたら怒られて、図書室の掃除言い渡されちまって」
「もう怒られた後だったか」
「でも今日バイト…いや、用事があんだよ、だから代わりにやってくれ!」
予感的中。
「誰がやるか!生肉シャツの罰掃除なんて!」
「あっ生肉が空を飛んでるぞ!」
「えっ?!」
潤太が空に目をやっているスキに、いつの間に手に持っていたのかレアが雑巾とバケツを押し付けてきて。
「そんじゃよろしく!」
「あっちょっと待てこら!」
「レアダッシュ!」
人間誰でも逃げ足というのは早いものだ。レアはすぐさま向こうの廊下の角へと消えていってしまった。
残されたのは、雑巾とバケツを持った間抜けた男が1人。
「…くそー騙されたー!」
運が悪いのは、本人にも責任がある事なのかもしれない。
「図書室とか広すぎだろ…もう夜だし…」
ため息をつきながら校舎から出てきた潤太の頭の上には、下限の月がポッカリと浮かんでいる。
もうすぐ夏がやってくる今の季節、そんなに寒くは無いのだが何だか心の中に冷たい風が吹き荒れているような気分だ。
思わず潤太は空を仰ぐ。
「…今日の月、弓みたいだな…」
ポツリと呟く。弓道をやった事があるものだから、そんな感想が洩れたのだろう。
潤太は、中学時代弓道部に入っていた。優勝とかもして、なかなか良い成績を残せていたのだが。
ある理由で、絵が特に好きなわけではないが現在は美術部に入っているのだ。
とりあえず早く帰ろうと、潤太は月から目を戻して走り出した。
足元に飛び出した、黒い物体に気がつかないまま。
「どぅばふっ!」
黒い物体を思いっきり蹴飛ばした潤太は、そのまま前へとずっこけていた。
「い、いきなり何だよこれは…!」
鼻を押さえながら後ろを振り返った潤太は目撃した。ピクリとも動かず、大地に横たわる1匹の黒猫を。
「…う、うわー!猫蹴ってしまったー!大丈夫か猫!」
慌てて猫の元へ駆け寄った潤太だったが、猫は少しも動く気配が無い。
潤太は、あわわと顔を青くして猫をただ見つめている。
「ま、まさか…け、け、蹴り殺してしまったのか…?!」
「貴様の蹴り如きで死んでたまるか」
「ぎゃー!猫に罵られたー!」
頭を抱えた潤太は、ハッとして今まさに起き上がろうとしている猫を見た。
今、喋ったのは、確かに、この猫だったよな?
「…さすがに疲れてるのかな俺…」
「こら、どこへ行く」
スタスタと歩き出した潤太をすぐさま止める黒猫。その態度は、どこか威厳を漂わせたもの。つまり、偉そう。
「人を蹴っておいて逃げるというのか小僧」
「いやお前人じゃなくて猫だろ!」
「無駄口を叩くな」
「…はい…」
蹴ってしまった罪悪感と、何故か逆らえない雰囲気に潤太は仕方なく足を止めて、黒猫へと向き直った。
どうでもいいが、今自分は夢を見ているんじゃないだろうか。猫と言葉を交わすなんて。
「私の名はネコババ。コバと呼ぶが良い」
「変な名前だな…いや、何でもありません」
ネコババと名乗る黒猫コバに睨まれて、潤太は慌てて首を振った。自分でも情けない事だとは思うが。
コバは、まるで潤太を値踏みしているかのように見つめている。
「…何だよ」
「ふむ…まあ、この際こいつでも良いか」
「何か失礼な事言ってるが…一体何なんだよこいつでも良いかって…」
やけに嫌な予感がする。いや、このコバを蹴ってしまった所からもう自分はついていないが、これ以上の悪い事が起きる予感がする。
ああ、ついていない。
「小僧、名は何という」
「小僧って…」
「……」
「…藤咲潤太です…」
「潤太か」
納得したように頷いたコバは、潤太にゆっくりと話し始めた。
「実はな、私はこことは違う場所、言わば異次元からやってきたのだ」
「…はあ?」
「だが、この世界に異次元から魔物が来てしまったのだ。それを倒すために私が来た」
何だかありがちなストーリーである。よくこんな漫画や小説が出回ってるなぁと潤太はぼんやり思った。
猫が、魔物をやっつけに異次元からやってきただなんて…。
「…お前…そうたやすく信じられる話だと思うか?」
「信じる信じないは関係ない。これは真実だからだ」
「…ふーん…」
「しかし困った事に、私はこっちの世界では自分の力を使えないのだ。…そこで、」
相変わらず偉そうな態度のまま、コバは潤太を真っ直ぐに見上げて、宣言した。
「お前に、協力してもらう」
「……え…?」
「私の力をお前に貸す事で、お前が私の力をこの世界で使えるのだ。分かるな?」
「………」
分かるな?と言われても、すでにショート済みの頭は1+1の答えさえも叩き出せそうに無い。
「分かったか。それでは行くぞ」
「いやちょっと待て!」
「何だ?」
「何だ?じゃねえよ!」
完全に自己中心的な性格のコバは、まったく全然理解をしてない潤太のことなどおかまいなしだった。
構わず歩き始めながら、コバが話す。
「ここら辺に魔物が潜んでいるはずだ。早く倒さないと被害が出てしまうぞ」
「だから、俺まだOKもしてないだろ!」
「OKの返事は必要ない」
コバは、すました顔で残酷に宣言した。
「何故なら、お前に拒否権は無いからだ」
「……」
潤太は思わず空を仰いだ。弓形の月が微かな光で、1人と1匹を平等に照らしていた。
つまり、今この場に潤太の味方は、存在しない。
「…今日は人生最大のついてない日だ…」
「行くぞ」
「……はい…」
ここで逃げたとしてもきっとすぐに捕まるだろう。すべてを諦めた潤太は、そのまま黒猫についていったのだった。
「ところで潤太、お前は武器を持っているか?」
「ぶ、武器?持ってるわけ無いだろそんなもの!」
どこに行くのか知らないが、大人しくついていきながら潤太はコバと話していた。
今の所歩いているのは、学校の校舎へ続いている道なのだが。
「武器は無いか…それなら得意な事はないか?」
「得意って…特には無いな…」
「…能無しか…」
「能無し言うな!」
コバは考え込むように目を細めた。
「困ったな、本当に何も無いのか?」
「そんな事言われてもなあ…」
「スポーツでもいいんだが。相手を攻撃できるような何かがあれば…」
「…あ」
そこで潤太はハッと思い出した。中学校の頃の、あの青春の1ページを。
「…弓道なら…」
「何?」
「中学時代に弓道習ってたから、弓は引けるぞ」
潤太の発言に、コバは面白そうにニヤリと笑った。
「それなら事は足りる…では、今から弓を用意して来い」
「簡単に言うけどな、俺はもう弓も矢も持ってないんだぞ。部にいた時も学校に借りてただけだし…」
「ではどこからか調達してくるのだ」
「だから、一体どこにそんな弓や矢が置いてあ…」
そこで潤太の目に入ったもの、それは、弓道場だった。
もちろん潤太の高校にも弓道部がある。その道場が今、目の前に立っていた。コバの目にも、それが映っている。
潤太は心の中で懺悔した。すいませんお父さんお母さん。
今日、あなた方の息子は、盗人になりました。
「うわっ、この矢ボロボロじゃないか…それに弓の弦もちゃんと手入れしてないなこれ…」
「引けるのだから文句を言うな」
「それはそうなんだが…」
道場からパクッたもとい借りた矢と弓と「かけ」(ゆがけ、弓を射るとき、指の保護のためにつける革製の手袋)を手に持って潤太は走っていた。
それはもちろんコバが走っているからだ。
コバは、校舎の出入り口に立つと潤太を見上げてきた。
「さあ、ここから中に入るのだ」
「俺に不法侵入までさせる気かよ!」
「すでに窃盗もしているのだ。気にするな」
「気にするっつーの!」
「つべこべ言うな早く開けろ」
「…はい…」
幸いにも鍵はかかっていなかった。まだ校舎内に誰かいるのだろうか。
潤太は抜き足差し足で、足音立てずにさっさと歩くコバについていく。校舎内は、驚くほど静かだった。
「…ところで、何で学校に入るんだよ。この中にその…魔物っていうのがいるのか?」
「いや、ここにはいない」
「じゃあ何で」
「高い所に移動する必要があったのだ」
「高い所ぉ?」
そうだ、と、階段を上りながら頷くコバ。
「歩いていくには少し遠いからな。ほら、ここを開けろ」
「ここって…」
今、潤太の目の前にあるもの、それは、屋上へと続く扉であった。仕方なく潤太は扉を開ける。ここも鍵はかかっていなかった。
再び外に出る。屋上にはもちろん、人影は見えなかった。
「向こうを見ろ、潤太」
「は?向こう?」
潤太が振り向いた先に見えたものは、黒い海の上に浮かぶ町の光だった。
そして、闇に真っ直ぐそびえ立つ、赤いタワーだった。
「…この夜景が、何なんだ?」
「これであのタワー辺りを覗いてみるのだ」
コバは、どこからともなく双眼鏡のような筒を取り出した。
「…本当にどこから取り出したんだよ…」
「何か文句でもあるのか?」
「いや、ないです。…これで覗けってどういう意味だよ?」
筒を覗いてみると、双眼鏡のように景色が拡大されて見えた。本当にただの双眼鏡なのだろうか。
「景色が大きく見えるだけだぞ?」
「何か他に見えないか?」
「何が?」
「私には気配で分かる。…そのタワーの近くに、魔物がいるはずだ」
「魔物っ?!」
潤太は慌てて筒を覗き直した。本当にそんなものが見えたら、一大事だろうが、
「…って、そんなもの見えるわけ…」
ため息をつきかけた潤太は、そのまま固まった。赤く光るタワーの隣に、明らかに人間ではない浮遊物体が見えたからだ。
「…何だあれ…」
「魔物だ」
「あ、あれが?あれがそうなのか?」
潤太の目に映るのは影だけであったが、その背には禍々しい翼が生えていて、頭には角が2本あるようだ。
「そこにあるダイヤルを回してみろ。音も聞こえてくるはずだ」
「何か、変な所で便利だなこれ…」
潤太が言われたようにダイヤルを回してみると、汚いダミ声がいきなり聞こえてきた。
『ギャーッハッハッハッハ!異世界というのは良い所だなあ!』
「うわっ…実に悪役声だ…」
「当たり前だ。悪役なのだからな」
『ここで大暴れしてやるぜ!手始めに…これをこうしてやるーっ!』
魔物(らしい)の声と共に、タワーが一瞬ピカッと光った。そして次の瞬間、信じられない光景が筒越しに飛び込んできた。
タワーが、まるでこんにゃくのように、ぐにゃりと曲がっている。
「ぎゃーっ!東●タワーが曲がってるぞー!」
「何故伏字なのだ」
「実名出すのが怖いからだよ!何せ●京には行った事が無いんだ!」
「それは一体誰の話だ?」
「気にするなっ!」
それよりも目の前のタワーだ。タワーは、筒越しでなくてもぐったりしているのがはっきりと分かるほど、曲がっている。
「どっどーするんだよ!曲がってるぞ!東●タワーが!ありえないほど!」
「落ち着け。あの魔物を倒せば元に戻るはずだ。多分」
「ほ、本当か?!」
「うむ。それにはまず倒さなければならないがな。分かるな?潤太」
コバにじっと見つめられて、潤太はうっと思わず一歩後ろに下がった。
「…本当に、俺に出来るのか?」
「出来る。私の力でな」
「…しかも、やるしかないのか、俺が?」
「そうだ、出なければ、もっと大変な事態になる」
潤太はぐにゃりと曲がったタワーを見た。これ以上大変な事が起こるのだ、このままでは。
「…っ!やれば良いんだろやれば!」
「ならば準備しろ」
「分かってる!」
勢いよく吼えると、潤太はすぐさまかけを取り出して、右手に付け始めた。
弓のつるは素手で引っ張るととても痛いので、ひっかけのあるかけを使って弓を引くのだ。
「…ぶはっ。このかけ汗臭っ!」
「準備は出来たか?」
「あ、ああ、一応」
「そうか、それでは、そこに立て」
コバの言うとおりの場所に立つ。目の前には、遠くに曲がったタワーがチラリと見える。向こうでは大パニックだろう。
ボーっと立っていると、頭の上にコバがスタッと乗ってきた。何気に重い。
「お、おい!」
「いいか。今からお前に力を送る。ただお前は矢を放てば良いだけだからな」
「…まさか…ここからあそこにいる魔物に当てろとか言うんじゃないだろうな…」
「力を送るから飛距離は問題無い。後はお前の命中率だ」
「…頑張ります…」
潤太は、タワーが左側に見えるように立ち直した。そして、弓を左手に、矢を右手に持つ。
弓を引くのはかなり懐かしい。しかし、昔の記憶が蘇ってきた。
足踏み、弓を射るために足を踏み開く。
胴造り、重心を体の中心に定めて、矢を番える。
弓構え、かけを弦に引っ掛け、しっかりと弓を構え、目標に顔を向ける。
打ち起こし、矢を平行に保ち、頭の上まで弓を真っ直ぐ持ち上げる。
引き分け、左手を目標物の方向へ向け、矢が口のところへと来るように右手をゆっくり引き分ける。
会、矢を放つまで、引き分け状態をじっと保つ。
キリキリと弦が軋むのが耳元で聞こえる。引き絞る両手が震えて、矢の先も僅かにぶれる。
この緊張感。試合の時もこんなに心臓がバクバク言っていただろうか。
大体、当てなければならない魔物も見えないというのに、どうやって狙えというのだろう。
「案ずるな。見ようとは思うな。感じるのだ。私が力を貸しているのだ、分かるだろう?狙うべき敵が」
頭上からコバの声が聞こえる。そういえば、いつのまにかコバの重みは感じなくなっていた。
感じろ、と言われても、どうしていいか分からない。
「落ち着け潤太。弓は集中力が命だ。体が強張っているぞ」
コバの声に、潤太はサッと頭の中が晴れていくような心地がした。
集中力。余計な事は何も考えなくて良い。当てようと思う、それだけだ。
その瞬間、見えた。狙うべき的が。
離れ、会の状態から、自然に矢を放つ!
バシュン!
放たれた矢は、潤太が見た事の無い光を放ちながら飛んでいった。矢は輝きながら、真っ直ぐタワーの方向へ飛んでいく。
しばらくポカンとしていた潤太は、ハッと気がついた。
残心、離れの形をしばらく保つ。
弓倒し、両手を腰に戻して、顔を正面に戻して、そして最後に右足、左足と戻す。
これで、すべてが終わった。
「……って、一体どうなったんだ?!」
「これで見てみろ」
「!」
すぐさま渡された双眼鏡で急いで覗いてみる。すると、魔物が見えた。光り輝くものが突き刺さった、魔物の姿が。
『ぎゃああーっ!ま、まさか…こんなに出番がなく終わるなんてーっ!』
魔物は断末魔の叫び声をあげて、間もなく消えていった。光を失った矢がハラリと地面に落ちていくのが分かる。
潤太が体を動かせずにいると、頭の上からトンとコバが降りてきた。
「…ふう、何とか上手くいったようだな」
その言葉を聞いて、潤太はゆっくりとコバの方を見た。
「…上手くいったって…」
「実は一か八かだったのだが、どうやら弓とちょうど愛称が良かったみたいだな」
「…つまり…倒したって事か?魔物を?」
カクカクとタワーの方を指差す潤太に、コバはフッと笑いかけた…気がした。
何しろ猫なので、表情がよく分からないのだ。
「あの曲がったタワーを見てみるが良い」
「は?…おおおおおーっ!」
夜景が広がる中、真っ赤なタワーがいつもの通り天に向かって真っ直ぐにそびえ立っていた。
こんにゃくのように曲がったタワーが元に戻ったという事は…。
「…っやったーっ!」
潤太は弓を手に持ったまま思わずガッツポーズを作っていた。いくら現実離れした事でも、嬉しいは嬉しい。
コバも満足そうにうんうんと頷いている。
「今回はよくやったな潤太。これからも頼むぞ」
「猫に褒められるのも複雑な気分だが一応嬉しいな…って、これから?!」
「無論」
「…もしかして…まだ魔物がいるのか…?」
「一匹とは誰も言ってないぞ。まあ、今日はこれで良いだろう。残りは明日からだ」
「ノオオオオオッ!」
がっくりと膝をついた潤太は、しばらくしてガバッと頭を抱え始めた。
「…ああっ!必死だったから気がつかなかったが、今俺はすごく不可思議な事をしてたよな!」
「うむ、まあ矢の光はともかく、校舎の屋上から矢を射る姿は他から見れば不可思議な事この上ないだろうな」
「やべえ、誰かに見られでもしたら大変だった…!」
もし見られていたら、変な人として学校中に広まっていた事だろう。危ない所だった。
ふうっとため息を漏らした潤太は、ふっと屋上の出入り口に目を移した。それは、何気ない動作だったのだが…。
そこに、人間の両目が存在している事に、気付いてしまった。
「…あ」
「………あ?」
目が合った瞬間、じっと覗いていたその目は動揺するように泳いで、すっと見えなくなった。
目撃犯は、急いで逃げていったらしい。
「……思いっきり見られたーっ!」
「うむ、潤太が弓を射る前から見ていたからな」
「気付いてたんなら知らせろーっ!」
とりあえず校舎内にいたのだから、学校の関係者に違いない。おそらく、学生。しかも、潤太と同学年。
一瞬見えたその目に、心当たりがあったからだ。
「ど、どーしてくれるんだよ!しっかりと見られたじゃないかっ!」
「別に悪い事はしていないのだ。隠す事はないだろう」
「異世界から来た喋る猫と魔物退治してた、って話、誰も信じるわけないだろ!」
「私には関係ない事だ」
「!っあー!ついてねえーっ!」
1人のついてない男の叫びは、弓形の月が浮かぶ夜空に吸い込まれて、消えていったのだった。
書:04/03/19
再公開:06/04/02