拝啓 マスター様
以前は顔を合わせずにまた旅に出てしまってすみませんでした。
色々込み入った事情や出来事があって、その後寄るのもすっかり忘れてました。
ついでに手紙もすっかり忘れていました。
今更ですがお元気ですか。僕は当たり前に元気です。
マスターの所に寄った時期は、とにかく色んな事が積み重なって大変な時でした。
今はまあ、何とか落ち着いてますが。
そうだ、僕の事について、マスターに話さなければならない事があります。
そのためにいつになく長い手紙になりますが、頑張って読んで下さい。
マスターは僕を記憶喪失だと思っていたみたいですが、どうやら違ったようです。
僕自身もてっきりそうなのかと思っていたのですが、記憶は失われたものではなかったのです。
最初から、無かったみたいです。
いまだに自分でも信じられない事なのですが、僕は実は、人形だったみたいです。
……いや、嘘じゃないんですってば。
僕が嘘つかれていなければ、の話ですけど。
2人の怪しい黒い奴に明言されたんだから多分本当のことだと思います。
昔は、の話で、今は、れっきとした人間です。
一体どうやったのか知りませんが、人形に魂を入れて人間にしちゃったみたいです。
それが、僕らしいです。
……そんな事知っても、人形の頃の記憶なんてないし、実感も全然わかないんですけどね。
そういうわけで、記憶喪失の謎が解けました。
それでも僕は旅を続けようと思っています。
本当の事を知っても、僕にはそれしか出来る事がないし。
旅を続ける意味を、今ここにいる意味を探すためにも。
それに、
今が、楽しいから。
そうだ、前に話した仲間たちも、それぞれ色んな事がありました。
翼の片方を親友にあげちゃった悪魔、
(もともと高所恐怖症で飛べなかったらしいけど)
生まれた頃から赤い翼を持ってた天使、
(それでいじめられてて、天国が嫌だったみたい)
涙を探していた実は王子の人魚、
(人は見かけによらないな。涙、出てきてよかったよ)
恋人のために復讐しようとしてたオオカミ女、
(何はともあれ、恋人が生きててよかった、色んな意味で)
今も僕はこいつらと一緒に旅をしています。
今この手紙を書いている時点でもうるさくて仕方が無いです。
正直うざったいんですが、思えばこいつらとも長い付き合いです。
1年ぐらい前の自分には予想していたでしょうか。してるわけないですね。
今はその仲間の1人の故郷にいます。少しの間留まらせてもらっています。
ここにはギルドが無いので、ギルドの訪問記録が少し途切れていますが心配しないように。
いい加減、少し行方不明になったからって大量に手紙を送らないで下さい。
処分が大変です。
近頃色々と物騒ですが、無理はしないように仕事に勤めて下さい。
それでは。
追伸
いい加減早くお嫁さん貰って下さい。
「……そうか、お前はお前を見つけることが出来たのか」
そう言って、男は手に持っていた紙を机の上へと置いた。
そこに2人分のお茶を持ってきた別の者が、その紙を拾い上げる。
それは手紙だった。さっと書いたような走り書きで、それでも見やすい文字で書かれている。
「また差出人の名前書くの忘れてるのネ」
「届いた方に分かるんだからいいんじゃないか?」
「マスターがそれでいいならいいけどネ」
お茶を受け取った、マスターと呼ばれた男はどこか機嫌良さそうに窓の外を見た。
その間に、手紙を読んでいた特徴的な喋り方の者は怪訝そうに机の上へと戻した。
「この便箋、歯型ついてたり破れかかったりしてずいぶんとボロボロなのネ」
「そこに書いてあるお仲間の仕業だろう」
「一体どんな仲間なのネ……」
「ガマレ、お前は会った事があるんじゃないのか?」
美味そうに茶をすする男がそう言えば、向かいの者、ガマレは思い出すように顔をしかめてみせる。
「ボクが会ったのは一年ぐらい前、小さい女の子1人なのネ。話ではあと3人いるらしいじゃないのネ」
「まあいいだろう、見ろ、ずいぶんと楽しそうじゃないか」
指差されたのはボロボロの便箋。それをちらりと見てガマレは仕方なさそうに頷く。
男は席を立った。その背は、普通の人間にしては信じられないぐらい高かった。
そんな男にとっては少し低い場所にある窓を、ちょっと背をかがめて覗き込んでみせる。
「しかし本当に長い事会ってないな。お前の話では、ずいぶんと変わっていたんだろう?」
「多少なのネ」
「そうか……やっぱり旅に出してて良かったな。元からそういう気質だったのかもしれないし」
「そうなのネ」
「しかしあいつ背は伸びたのかね、妙な事を知らなかったりしたし、その点は大丈夫なんだろうか」
「………」
「最後に生意気な事書いてくれてたが、こうやって心配するのは当たり前で」
「……マスター」
何やらブツブツと呟く男の背に、ガマレは一言言ってやった。
「早くお嫁さん貰って自分の子ども作ってそっち可愛がった方がいいのネ」
「お前まで同じ事言うのな……」
「見るのネ、あっちだってすごく迷惑がってるのネ!ちゃんと旅してるんだからもう心配いらないのネ!」
「あーはいはい俺が悪かったよ」
男が耳を塞ぐ仕草をして見せたとき、表からカランカランと扉を開ける音が聞こえた。
それにハッとすぐさま行動したのは、ガマレだ。
「ほら旅人なのネ!いつまでも手紙眺めてないでちゃんと仕事するのネマスター!」
「分かった分かった」
バタバタと走り去るガマレ。
ここはギルドだ。2人がいたのは、奥の小さな住居スペース。
扉の音が聞こえたという事は、ギルドを利用する旅人が訪れたという事だ。
ガマレはこのギルドを治めるギルドマスターだ。
男はギルドマスターではない。
しかし、位はガマレより上であった。何故か。
理由は、このギルドが別な役割を担っている事だ。
表からガマレの声が聞こえる。
「マスター!マスターの方の用事なのネ!「勇者」さんなのネ!」
「まったく……休む暇もないな」
どっこらしょと動き出す男。
小さなその憩いのスペースから出る間際に、ふとテーブルの上の手紙を一瞥する。
「……色々あったらしいが、まあ頑張れよ、あらし」
部屋から出たとき、男の表情は「マスター」らしいそれへと変わっていた。
「マスター」とは。
全てのギルドを束ねる頂点の地位。
旅人の中でも認められたものしか名乗ることが許されない「勇者」たちを直接纏める存在。
そして。
約5年前、1人の子どもを拾って旅へと出した男の呼び名であった。
プロローグ
旅人からの手紙
06/04/29