僕らは笑う



荒野の中。何故か壁が四方に倒れた研究所の側。流れの早い川の隣。5人の目の前。
一際強い風がビュウと吹き荒れたかと思えば、空からひょいと何かが降りてきた。
その影は2つ。
1人は何だか目を回した様子で、1人は呑気に微笑んでいる。
内からこみ上げる何かに身を震わせながら、5人は一斉に叫んだ。


「「出た!元凶!」」
「やあ随分と移動したね。色々と終わったから来たよ」


鎌を担ぎなおす死神は、やっぱり呑気に片手をあげて見せた。
その隣には、1人の少年がいた。


「すごいスピードだった……。……あ」
「「あっ」」


そうだ、この少年だ。この少年が、心臓を返すべき人だ。
少年はふらつく頭を抑えながら、何とか声を出してきた。


「えーっと……それで、心臓の方は……」


5人全員が気まずげに目線を反らす。その中で、ビクッと体を振るわせたあらしが、そろりと口を開いた。


「え、えっと、その……」
「心臓は……」
「まだ……」


後ろの4人もしどろもどろに何か言おうとする。
少年は空をかっ飛ばしてきたショックがまだ残っていてふらふらしている。
ので、死神がじっと見つめてきた。


「どうしたんだい?」


何だか全てを見透かされているような気分になって、たまらずあらしは吐き出すように声を上げた。


「ごっごめん!心臓まだ、完成してないんだ!」
「「!」」
「考えたけど、何をどうやって心臓に入れればいいのか、思いつかないんだ……!」


きっと落胆しているだろう少年の表情を見るのが恐ろしくて、顔を上げられない。


「しかもこれ、取られたり落としたり盗まれたりでボロボロになっちゃったし……」
「「………」」
「せっかく預かったのに……命を貰ったのに……僕は何も出来ないままで……」


声がだんだんと小さくなっていく。あらしは罵倒される事を本気で覚悟して、ぎゅっと目を瞑った。
しかし、そこに降ってきたのは、


「ううん、いいんだよ」


そんな優しい声だった。その中に嬉しさまで見えて、思わずあらしは顔を上げる。
目の前に見えたのは、少年の輝くような笑顔だった。


「君はすごく頑張ってくれたんだろう?僕には分かるよ」
「……え?」
「だって君も後ろの人も、皆、同じようにボロボロじゃないか」


確かに、投げ飛ばされたりしたものだから、全員がボロボロである。
それにと、少年は言った。


「ねえ聞いてよ。僕らはさっき、闇を倒したんだ」
「……闇を?」
「うん!しかも、キモイのを殴ってやったんだ、この手で!スッキリしたけど、キモかったなあ」
「キ、キモ?」
「彼から心臓を直接的に奪った奴だよ」


死神の付け足しによって、なるほど、と思った。つまり、復讐を果たす事が出来たのだ、この少年は。
しかしそこであらしは再びがっくりと項垂れた。


「じゃあなおさら、心臓を戻さなきゃいけないのに……」
「いいんだよ。命を作るのって、大変なんだし。それに今、僕はとても嬉しいんだ」


少年は笑った。本当に嬉しそうに、にっこりと笑ってみせた。


「キモイの倒したのもあるけど、世界が救われたのもあるけど、他にもあるんだ」
「他……?」
「それはね、僕のために、こんなにたくさんの人が、頑張ってくれている事なんだ」


だからとても嬉しいんだと笑う少年に、あらしは声を詰まらせた。
違う。たくさんのものを貰ったのは、自分のほうだ。
少年からは、さらに奪い取ってしまった。
それなのに、それなのに。

こんな風に笑うなんて……ずるい。


「僕の心臓なんだから、僕も手伝うよ。だから、一緒に頑張ろう?」
「……ごめん」
「何で謝るんだい?ほら、顔上げて」


あらしと少年の輝くような友情に、後ろで見守っていた4人も感動するのだった。


「いやーしかしあの足の短い奴っていいやつだなー」
「そうねー!すごくいい人だわーあの足が短い人ー!」
「短足なのにあんなに人がいいのは、なかなかいませんよ」
「短足ってすごいな……」


これでも感動しているのだ。
幸いにも聞こえていなかったらしく、少年はあらしと共に立ち上がった。
そこに、今まですっかいり忘れ去られていた者が。


「ちょっといいかい?」
「「?」」


死神はひょいと心臓を受け取った。そして、じっとそれを見つめ始める。
一体何をしているのだろうか、全員がその様子を黙って伺う。
すると死神はやがて、満足そうに微笑んだ。


「なんだ、やっぱり大丈夫じゃないか」
「「……は?」」
「すごいな、ちゃんと「大切なもの」が入っているみたいだぞ」
「「はああ?!」」
「ってそれ動いてないじゃん!」


指差してあらしが叫べば、死神はいとも簡単に頷いた。


「うん。自分がほんのちょびっと手を加えれば、完成」
「「先に言っとけ!」」
「で、でも何で!何が入ったの?!僕は何もやってないのに……!」


何もやっていない。その言葉に、死神は真顔で首をかしげた。
本気で「何故」と思っている表情。


「何もやっていない?いやいや、現に君はしていたじゃないか」
「何を!」
「この心臓を、持っていただろう、ずっと」


その言葉に一瞬全員があっけに取られる。確かに、持っていた。この手の中にある間はずっと、ずっと。
あらしが頷くと、死神はほら、と笑った。


「ずっと心臓を持って、思っていただろう。「心臓が動くように」と」
「ま、まあ……そうだけど」
「その「想い」は、ちゃんと心臓に込められたんだよ。大事に、大事に持っていた事で」


あんまりな事に開いた口が塞がらない。それでも何とか声を絞り出す。


「でも……それだけで?」
「それだけ?十分だよ。気持ちを込めるって事は、それだけ力がいって、難しいんだ」
「でっでも……」
「「想い」の力を舐めてもらっては困るな」


そこで死神は、にやりと笑ってみせる。


「想いが溜まれば、人形だって人間になれるって事さ」
「!」
「さて、仕上げ仕上げ」


言いたい事言ってから、さっさと死神は背を向けてしまった。
そして心臓を両手で握り締め、なにやらブツブツ呟き始める。


「さっきのショックであんまり使えないけど……これぐらいなら」


何をやっているのか見えない。わざと見えないように立っているみたいだ。
いぶかしんでいる間に、それは見えた。本当に一瞬だけ。

光が。


「「!」」


しかしそれは、瞬きをしている間に最初から無かったかのように消えていた。
いや、本当に幻だったのかもしれないが。
気が付いた時には、死神はこちらへと振り返っていた。


「よし、これでいい」


その手には、命を持った心臓が動いていた。
たくさんの者たちの力と、想いの詰まった心臓が。1から作られた、手作りの心臓が。
命を脈打っていた。

未完成の心臓が今、完成したのだ。


それを見た皆は、もちろん、


「「グロテスクー!」」


叫んだ。
元々異様に生の心臓そっくりだったものがさらに脈打っているのだから仕方が無い。
そのグロテスクな物体を平気な顔で手に持ちながら、死神は腕まくりをした。


「さて、入れるか」
「「入れ?!」」
「ほら君、ちょっとそこに真っ直ぐ立っておいてくれないか」
「え?え?」


少年が戸惑いながら立たされる。
目の前にやってきた死神は少年の肩に片手を置いて、何故か心臓を構えてみせた。


「大丈夫、何とも無いから、力を抜いて」
「え?ええ?」
「痛くないよーちょっとちくってするだけだよー」
「何で?!何で注射感覚?!」
「ほーれ」


軽い掛け声を上げると、それと似合わない凄い勢いで死神は心臓を持った腕を、振った。
その腕は、吸い込まれるように少年の胸へと当たり、そのまま……体の中へと、もぐりこんでしまった。


「「ぎゃー!」」
「この辺かなーっと。よし」


すぐに死神の腕は引き出された。その手に心臓は無い。
少年の体には跡も何も残ってはいないが、やはりショックだったのか少年は座り込んでしまった。
慌ててあらしが駆け寄る。


「だっ大丈夫?!何やってるんだよアホ死神!」
「とても大変で大切な事をしたのに、ひどいなあ」


少し疲れた様子の死神はほっといて、少年を見る。
少年は信じられないといった表情で自分の胸に手を置いていた。
そんなにショックが来たのだろうかと思ったが、違った。少年はパッと顔を上げて、あらしを見た。


「聞こえる」
「え?」
「聞こえるんだ……僕の中から、心臓が動く音……!」


少年は今までに無いほど、嬉しそうな顔をしていた。
あらしもおそるおそる、手をかざしてみた。



  トクン  トクン



聞こえる。感じる。全ての動物が持っていて、でも少年が今まで持っていなかった、音。
命の鼓動。
それが今、少年の中にあって、動いている。
あらしも顔を上げた。


「聞こえる!」
「でしょう!心臓が、僕の中にあるんだ……!動いているんだ!」
「うん!動いてる!分かる!僕にも分かるよ!」
「ああ……やっと、やっと心臓が返ってきたんだ……!」



少年は笑った。その笑い自体に力のある笑顔で、本当に嬉しそうに。

あらしも笑った。昔教えてもらった大事な笑顔で、本当に嬉しそうに。

仲間達も笑っていた。よかったと、心から思いながら。

死神も笑った。どこかホッとしたように、空を仰ぎながら。


まるで空も、笑っているようだった。






少年はすぐに帰らなければならなかった。仲間を置いてここまで来てしまったからだ。
きっと今頃、さらわれた少年を心配しているだろう。
それに、早く知らせてやりたかったのだ。この胸の鼓動の事を。

5人はあの鎌に再度乗らなければならない少年を、同情のこもった目で見送る。
少年はその前に、もう一度振り返った。


「今回は本当にありがとう」
「い、いや、こっちこそ、ありがとうだよ」


慌ててあらしが言う。それに少年はにっこり笑った。


「でも、本当によかったよ」
「え?」
「君が、そんなにたくさん笑えるようになっていて」


ああ。少年も覚えていてくれたんだ。
あらしは無性に嬉しかった。


「あんなに昔に会ってたんだから、おかしいよね」
「あの時は、こんな事になるだなんて、思いもしなかったよ」


2人は笑う。別れの側でも笑えた。
こうやって再会できたんだから、またいつか、会えるだろう。
だから、笑うのだ。


空を飛びながら、少年は叫んだ。



「またね、あらし!」



地上から、あらしも叫んだ。



「またね、クモマ!」



あの時呼べなかった名前。あの時交わせなかった約束。

その2つを手に入れて、少年は帰っていった。


しばらく、影の消えていった空を見上げる。


「……さあ、行こうか」


そう言って振り返ったあらしに、仲間達も笑顔で頷いた。


「でも、もういいのか?」
「いいよ。いいに決まってるじゃん」
「しかし意外でしたね。あらしさんにも友達がいたんですか」
「人を可哀想な子みたいに言うなよ!」
「あー腹減った。今日中に町つけっかなー」
「ご飯食べましょーよご飯ー!」



今頃少年も仲間達に会っているだろうか。

笑っているだろうか。

きっと、笑っているだろう。

命の鼓動を鳴らしながら。





心臓を通じてであった2人の少年。

同じ空の下。



僕たちは、今日も笑う。





















05/07/17

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