降ってくれば非常に寒いので、雪をあまり特別なものだと思ったことは無かった。
冬のある日が、ある特別な日という事も知らなかったので。
だから、街が色とりどりの電球で彩られ、木の上に星を飾る理由も分からなかった。
今日もまた、その日がやってきた。
Spirit Of Adventurous外伝 〜旅人達のクリスマス・イブ〜
地獄にだって雪は降る。
そこに住んでいる奴らは大変陽気で馬鹿なので、その日がどこかの神様の誕生日だとしても便乗して騒ぎまくるのだ。
ザックザックと積もる雪を足取り軽く踏みつける悪魔の少年も同じだった。
「なーリュウ知ってるか!今日はクリスマスなんだぞ!」
「正しくはクリスマスイブだ。あーでも、もうそんな日なんだなー」
「んだよー、もっと盛り上がれよ!祝いだぞ祝い!」
「悪魔が神様の誕生日祝ってどうするよ」
隣を並んで歩く親友は大して喜んではいなさそうなので、悪魔の少年は首をかしげた。
彼は、親友がプレゼントを貰う側ではなくあげる側だという事を知らないのだ。親友は、悪魔の少年に白い息を吐きながら尋ねた。
「っていうかお前、サンタを信じてるクチか?」
「んなわけねーだろ!サンタは父ちゃんだ!」
「あーそうだな」
「んでオニが母ちゃん!母ちゃんが豆まいて父ちゃん負かして、その隙にプレゼント奪うんだ!」
「……お前んちは色々不思議な事やってんだな」
どうにも内容についてつっこめないでいる親友を見上げながら、悪魔の少年は笑った。
「なー!リュウもやろうぜ!えーっと、あれだよ、クリスマスパーティ!」
「豆まくのがパーティか」
「嫌か?」
「いや……やらせてもらうとするか」
にやりと笑った親友に、悪魔の少年も同じようににやりと笑う。
「っしゃー!家まで競争だぞリュウー!」
「てめっ、竜に勝てると思ってんのかこらー!」
「おいー!竜になんのは反則だろー?!」
「わめくなって、どうせだから家まで連れてってやるっつーの」
「やめろー!オレは自分の足で走るんだ!ぎ、ぎゃあああーっ!」
その日は、親友との初めてのクリスマスとなった。
普段はとても色鮮やかな自然に囲まれた天国も、この日ばかりは天使のように真っ白な雪に覆われる。
中心に立つ白い塔も、今日は雪にまぎれて見えなくなってしまいそうだ。
「白、真っ白、白ばっかー」
そんな真っ白な外の景色を、複雑な思いで眺めていたのは天使の少女だった。と言っても、天使の少女がいるこの部屋も真っ白なのだが。
ベッドに座っている天使の少年の弟は、そんな姉を見て少し悲しそうな顔になった。
「お姉ちゃん、ごめんね、ぼくのせいで病院に来ちゃって……」
「何言ってるのよー、どうせお父さんもお仕事だし、いいのよー」
天使にとって今日はもちろん聖なる夜。しかし、この姉弟にとってはただの2人きりの夜でしかなかった。
母親はもちろんいないし、父親はきっと今日も帰って来れないだろうから。
ケーキも何も無いので、祝いようも無い、のだが……。
「……あ!お姉ちゃん、外、外!」
「えー?」
弟が慌てて外を指差した。そこで天使の少女が、さっきまで眺めていた窓の外を見る。と、そこには……。
宙に浮かぶケーキが。同じように宙に浮かぶ父親が。
「「お父さん!」」
「やあ愛しい我が子たち!メリークリスマス」
ケーキと共に現れた父に、子供達は飛びついていった。
「えーどうしてー?お仕事じゃなかったのー?」
「そんなもの、お前たちのために上司から逃げて来たよ」
「だ、大丈夫?」
「大丈夫だとも。それより」
両方の手に子供達を抱きしめながら、父親は笑顔で言った。
「これから3人で、クリスマスパーティだ!」
「「わーい!」」
1つの病室から明るい声が漏れる。
子供達に父の背中に隠された2つの箱が渡されるのは、もう少し後の事だった。
冬は、どこにだって雪を降らせた。山はもちろんの事、いつも青い水を湛えている雄大なる海にも。
おかげで砂浜まで真っ白に染まっていた。
「だから雪は好きじゃないんだ……。水分だけど寒いし、おかげで上手く泳げないし……」
人魚だって寒い。寒さのせいで波打ち際に立つ人魚の少年も、海を泳ぐ事は出来なかった。
人魚の少年が少々むくれた感じで海を眺めていると、後ろから声をかけられた。それは、とても聞きなれた身内の声。
「あらあら、こんな所で何をしているの?」
「わざわざ私たちが探しに来たんだから、早く戻るぞ!」
「せっかくお母さんがご飯作ってくれてるんだから!」
「あ、姉さん達」
そこには、人魚の少年の姉3人が並んで立っていた。
一番上はにこやかに、二番目はきつく睨みつけて、三番目は頬を膨らませて、それぞれ弟を見ている。
「本当に海が好きなのね、この子ったら」
「誰に似たんだか……。海なんていつでも泳げるだろ」
「早くクリスマスパーティしちゃおうよ!ね?」
人魚の少年はもう一度海を眺めた。海は変わらずそこにある。
たとえ雪が降ろうがパーティしようが、海は変わることが無いと分かった人魚の少年は、姉達に頷き返していた。
「うん、帰ろう」
弟が駆けて来るのを待ってから、4人の姉弟は並んで歩き始めた。行き先は父と母が待つ、我が家だ。
「おなかすいたねー。ケーキはあるかな!」
「ワカメケーキがいい」
「私はタコケーキの方が好きだわ」
「……どっちも私は嫌だ」
姉達に小突かれたりしながらこれからのパーティのことを考えた人魚の少年は、自然と笑顔になっていた。
今ではこの白い砂浜も、幸せなもののように思えた。
深い深い森の中。木も草も地面も白に染まるそんな森の中で、1人この世を怨むような目つきのオオカミ女がいた。
「クリスマスなんてクリスマスなんてクリスマスなんて……」
どうやら怨んでいるのはクリスマスらしい。ブツブツ呟きながら雪を踏みしめてただ歩く。
すると、後ろからオオカミ女の頭に、コツンと何かが当たった。
「や!ここにいたのか、探したよ」
「あ……何だ、紫苑ですか……」
背後には人の良さそうな笑みを浮かべるオオカミ男が立っていた。それを確認したオオカミ女は足を止めて向き直る。
「おじさんとおばさんが探してたぞ。家抜け出して、どうしたんだ?」
「……。今日は特に、ぎこちなさを感じてしまうんです……」
彼女の本当の親ではない現在の両親は良い人だが、オオカミ女本人が触れ合いを怖がっていた。
そしてそれを本人が一番悪いと思っている。うつむくオオカミ女に、オオカミ男はしばらく黙った後こう切り出した。
「じゃあさ、おれと帰ろう!」
「え?」
「ちょうどおれもお前とクリスマスパーティしたかったんだ!これで大丈夫だろ?」
「紫苑……」
な?と微笑みかけてくるオオカミ女の優しさに、オオカミ女は泣きたくなった。
しかし、ぎゅっと拳を握り締めて、しっかりと笑ってみせる。
「ありがとう」
「よし、帰ろう」
「……うん」
手を握る2人。微笑み合った彼女と彼は、白い地面に2人分の足跡を残して家へと帰る。
オオカミ女は、さっき後ろ頭に当たったものが彼女へのプレゼントだという事に、まだ気付かないままであった。
街は、明るい光に包まれていた。白い絨毯の道を、人は楽しそうに歩く。
その中を、1人の少年が小走りで駆け抜けていた。
「あー寒い凍える固まる氷になる……。早く宿に帰ろう……」
旅をしている身の少年は、外がいくら寒くとも食糧などは買いに行かなければならない。
色々詰まった袋を抱えながら、少年は時々すれ違う人々の顔を不思議そうに眺めた。
どうしても、1つわからない事があったからだ。
「……うわ!すごい……!」
街の広場を通りかかって、少年は思わず声をあげていた。
広場の中心には、大きな大きなモミの木がたくさんの装飾をされて、そこに立っていたからだ。
その木の周りにいる、やっぱり楽しそうに笑っている人々を見て、いよいよ少年は首をかしげた。
何故、今日は皆あんなに幸せそうなんだろう。
少年は、自分が今日が何の日か知らないという事、それ自体を知らなかった。
だから、人々に背を向け1人で帰る寂しさが、自分の中にあることにも気付かない。気付けない。
ただ首をかしげながら、とぼとぼと歩くだけ。
「明日はどこに行こうかな……」
プレゼントを知らない子供が、明日を期待するわけが無く。
旅という果てしない目的地だけをその瞳に映しながら、少年はその日眠った。
少年は、「クリスマス」を知らなかった。
今日もまた、その日がやってきた。世界は白に染まり、街が人々の楽しそうな笑顔で彩られる日。
色んな人が賑やかに行きかうその街に、5人の旅人はやってきていた。
「あ、そうか、今日はクリスマスなんだな」
「うおー!クリスマスー!」
「やったー!クリスマスのごちそうよー!」
綺麗に飾られたモミの木を見てポンと手をうつウミ。その後ろではクロとシロがはしゃいでいる。
寒さに顔をしかめながらも、華蓮が辺りを見回して納得するように頷いた。
「正しくは、今日はクリスマスイブみたいですよ。まったく、旅していると本当忘れますね」
「イブでもアブでもどっちでもいいじゃねーか、クリスマスパーティやろうぜ!」
「やりましょやりましょー!」
わいわい盛り上がっていると、ポカンとその様子を見ていたあらしが、遠慮がちに尋ねてきた。
「あ、あのさ」
「「ん?」」
「これって、「クリスマス」っていうの?」
これ、と指すのは、街の様子。明るい表通りはまさにクリスマス一色。
何言ってるんだと言わんばかりに変な顔をしている仲間達を代表して華蓮が答える。
「当たり前じゃないですか。これをクリスマスと言わずに何と言うんです」
「そうか……これ「クリスマス」って言うんだ……。じゃあ、もう1ついい?」
「まだあるのか?」
「クリスマスって何?」
尋ねられた4人はしばし沈黙し、どうやら尋ねた本人が本気の様子である事を知る。
すると真っ先に口を出してきたのは、クロとシロだった。
「は?!お前クリスマスも知らねえの?人生無駄にしてっぞ!」
「そうよーもったいないわー!」
「そ、そうなの?」
「いいか!クリスマスってのはなあ!」
偉そうに身を乗り出したクロは、あらしに指を突きつけて言った。
「サンタの父ちゃんがオニの母ちゃんに豆投げられて、その隙にプレゼントを奪う日だ!」
「それは違うだろ!」
ウミがクロにチョップで突っ込んでいる間に華蓮が説明してやった。
「クリスマスってのは、どこかの偉いらしい神様が生まれた日で、それに便乗してわいわい祝っちゃう日です」
「あーそうなんだ」
「ま、今日はその前の日でクリスマスイブなんですが、その日の夜にはサンタが来るんですよ」
「サンタ?」
「赤い服を着て、白いひげを生やしているおじいさんよー!」
「へえ……で、そのサンタが何しに来るの?」
その質問にシロが答える前に、華蓮がいたずらっ子のように笑いながら言った。
「空から大きな角を持つ動物の引くそりに乗って現れ子どもが寝静まった闇夜に部屋へと忍び込み謎の物体が入った箱を枕元へ残して去っていく身分年齢不詳の男ですよ」
「うわ何か怖っ!それ犯罪者じゃん!」
「それがサンタです」
「それも微妙に違うと思うぞ?!」
普段は騙されないあらしも知らない事はそのまま信じてしまうのでウミが必死に突っ込んだ。
その隙にシロがあらしを見上げながら教えてあげる。
「サンタはねー、良い子の所に来てー、プレゼント置いてってくれるのよー!」
「な、何だプレゼントか……。知らなかったなあ」
「おいおいー言ったろ?良い子の所にってよ!悪い子の所には来ねえんだぞー」
クロがニヤニヤしながら見下ろしてきた。あー、と考え込んで、その後あらしがポンと手を打つ。
「つまりクロはプレゼント貰った事ないわけだ」
「ぎゃははそういう事だ……って何じゃそりゃあ!オレだって貰ってたんだぞ!」
「奪ってたって言ってたじゃないか!」
「そりゃあ母ちゃんが豆を投げてだなあ!」
「待てって!余計話がややこしくなるだろう!」
豆に首を傾げるあらしを見てウミが得意げに話し始めたクロを止める。
そこで、耐え切れなくなったようにシロが叫んだ。
「もー!サンタさんはどうせお父さんだから別にどうだっていいのよー!」
「シロが今夢の無い事言った……」
「よく忘れますけど、もうそんな子どもじゃないですからねシロさんも」
「今はー、クリスマスパーティが一番大事よー!」
シロの言葉に、全員が正気に戻ったかのようにハッとした。
「そうだぜクリスマスパーティ!こうなったら絶対するぞー!」
「宿屋でケーキか何か買ってパーティするか」
「え、クリスマスパーティって何するの?」
「特に難しい事はしませんよ」
戸惑うあらしに、華蓮は微笑みながら街を指差した。
そこにあるのは賑やかな街通りに、人々の笑顔。昔、遠くから見ていた、何かが満ちている空間。
「こんな風にしておけば良いんです」
こんな風にって。適当なその答えにあらしは呆れると同時に、少しビックリしていた。
何だ、そんなに簡単な事だったのか、「クリスマス」って。
「パーティにはケーキだろ?肉だろ?あ、あとパーンって鳴るやつもいるな!」
「いや待て、まずそれを買う金はあるのか?」
「いいじゃないのそんなのー!パーティには関係ないわー!」
「ものすごく関係あると思うぞ?!」
「小さいケーキぐらいは買えるんじゃないですか?」
あっ、これ知ってる。あらしは気が付いた。
今、自分も包まれているこの空気を。パーティについてあれこれ論議している仲間達と一緒にいる、この場所の事を。
今まで見てきた「今日」、つまり「クリスマス」の意味を。
これは、「幸せ」って言うんだ。
小さくそう呟いた時、仲間達が振り返ってきた。
「おいあらし!早くクリスマスパーティの準備すっぞ!」
「まずは宿屋を見つけなければいけませんね。どこが良いと思いますか?」
「それよりお金はあとどれぐらいあるんだ?水買える分は残しとかなければ」
「とりあえずー!美味しいものいーっぱい買いましょーねー!」
楽しそうにはしゃぐ4人は、うつむくその顔が幸せそうに、本当に幸せそうに笑っていた事に気付かなかった。
小さな粉雪が舞い始めた空の下、旅人達のささやかなパーティは始まる。
メリークリスマス!
04/12/14
ジングルベルっていうか何気にイブの話かよSOAクリスマススペシャル!
の提供でお送りしました。ネタバレを極小に抑えたつもりの幼少期?を出してみました。うむむ。
クリスマスがこの世界にしかもこんなに祝われているのかどうかは、水に流しましょう。そうしましょう。
ほとんど意味を成さないフリーとなっていましたが、現在は終了しました。
持ち帰りたい人は連絡くれれば良いです。連絡入れてまで欲しくないっつーのな!
ひどいおまけ