月祭り



トントンシャン トントンシャン


今日は 何を 祭る日じゃ


月読様を 祭る日じゃ


キツネの子もほら おいでんしゃい


玉つき 遊んで 参りましょ




「トントンシャン、トントンシャン」


通りのざわめきの中、1つの歌が人々の間を縫って流れる。


「今日は何を祭る日じゃ」


水風船をテンテンと打ちながら、おかっぱの少女は歌う。


「月読様を祭る日じゃ」


笑いながら目の前を横切っていく人々を、じっと見つめながら、


「キツネの子もほら、おいでんしゃい」


真っ赤な浴衣で、祭りの隅に佇んでいる。


「玉つき遊んで…」


そこで、少女は気付いた。
自分と同じようにじっと佇む、甚平を着た少年の姿に。
少年はちょうど、通りを挟んで少女の目の前に立っていた。


「参りましょ」


少年が、どこをどんな表情で見つめているか、それは分からなかった。
闇夜に映える、黄色いキツネのお面のせいだ。
少女は、水風船をテンテンとつきながら、少年の元へと歩いた。


「あなた、1人?」


少女の問いに、キツネのお面の少年は1回頷く。


「私も1人なの。お母さんとはぐれちゃって」


母親を探していたら、この少年を見つけたわけで。


「あなたもはぐれたの?」


今度は少年は首を横に振った。ふーんと少女は頷く。


「じゃあ、1人で何してたの?」


すると、少年は初めて口を開いた。


「見てた」
「何を?」
「人間を見てた。皆、楽しそうに笑ってる」


少年はおかしなことを言う。今日は祭りなのだ。楽しいに決まっている。
少女は、もしかしたらこの少年は今、笑っていないのではないかと思った。


「ねえ、あなた今、楽しい?」
「少し、寂しい」


やっぱり。


「じゃあ、私と一緒に神社に行きましょ」
「一緒に?」
「駄目?」
「駄目…じゃない」


じゃあ行こう、と少女は歩き出そうとする。
しかし、少年は少女の浴衣のすそを掴んで引き止めた。


「もっと、他の神社知ってる」
「他にもあるの?」
「来る?」
「行く」


こっち、と少年は少女の手を握って、歩き出した。
少女は、反対の手で水風船をテンテンつきながら少年についていく。


少年の後姿に、黄色い何かが見えたのは、気のせいだったのか。


そこは、通りを離れた狭い小道だった。むき出しの地面が、殆ど草に覆われている。
そんな危ない道を少年は慣れたように歩き、引っ張られる少女は気にしてないように普通に歩く。
小道は、やがて木の板の埋め込まれた階段になった。


「ちょっと、危ない」
「平気、だから引っ張って」


少女は、少年の右手に両手でしがみつきながらのぼる。
そんなに背丈の変わらないこの少年が、この時だけ少し頼もしく見えた。


「ここ」


階段を上りきった先にあったのは、小さな、忘れられた神社だった。
あちこち崩れているし、半分はつたや草に埋もれている。しかし、少女は言った。


「良い所ね。私は、好き」
「良かった」


キツネのお面で神社を見つめながら、少年は答える。


「僕も、好き」


少女は、少年と共に神社の石段に腰掛けた。別に浴衣が汚れるとかは、気にしなかった。
そして、ただじっと下の祭りの様子を見つめる。


「このお祭り、何のお祭りか知ってる?」


不意に出てきた少女の言葉に、少年はゆっくりと頷いた。


「知ってる」
「そう、月の神様のお祭りだって」
「月読様」
「それそれ、歌にもあるのよ。知ってる?」


トントンシャン、トントンシャン。
少女が口ずさむと、少年がその続きを歌った。


「今日は何を祭る日じゃ」


それは、とても澄んだ声だった。


「月読様を祭る日じゃ」


そう、今日は月読様を祭る日。そこで少女は、あっと少年を見た。
真っ黄色のお面を被った、少年を。
キツネの子もほら おいでんしゃい


「ねえ」


立ち上がった少女は、少年に手を差し伸べた。


玉つき 遊んで 参りましょ


「遊ぼ」


少年は少女の手をじっと見つめていた。そして、少し俯きながら、そっと少女の手を握る。


「うん」


少女は、笑いながら少年の手をぎゅっと握り返した。


大きな神社が月読様のものだとしたら、この小さな神社は一体誰のものなんだろう。


「これ、水風船。こうやってつくの」
「こう?」
「違う、こう」
「上手」
「ありがと」


少年と少女は、小さな神社の小さな広場で遊ぶ。


「もういいかい」
「もういいよ」
「…やっぱり、黄色のお面ってすごく目立つわ」
「赤鬼」
「赤好きだもん」


下界のお祭りを、見下ろしながら。


「だるまさんが、ころんだ」
「……」
「動いた」
「動いてないわ」
「赤い浴衣、風で揺れた」
「ずるい」


月が見下ろす中、2人で遊ぶ。


「にらめっこしましょ、笑うと負けよ、あっぷっぷ」
「……」
「……」
「…僕は、不利」
「どうして?」
「顔見えない」
「そう?そのお面、見てると笑えてくるわ」


やがて、祭りも終わりに差し掛かってきた。
少年と少女は、自然と並んで月を見上げていた。


「…そろそろ帰らなきゃいけないわ」
「……」


少女の言葉に、少年は無言で頷く。思えば、この少年はあまり喋ることが無かった。
それでも、2人は共に遊んで、共に笑った。
少女は少年の顔、のお面を覗き込みながら言った。


「また、遊ぼうね」
「…うん…」
「…今度はいつ遊べるかしら…」


少年が月を見上げる。今日はお祭りだった。でも明日は違う。
祭りが終わったら、少年は、この少年はどこへ帰るのだろう。
少女の知らない所へ、帰ってしまうのだろうか。


「…もしかしたら1年、それよりも長くかかっちゃうかもしれないね」
「…うん…」
「その間、あなたはどこにいるの?」
「……」
「…消えて、しまうの?」
「違う」


首を振った少年は、すっと真っ直ぐ月を指差した。


「月は、ずっとそこにいる」
「え?」
「だから、僕はずっとここにいる」


少女は月を見て、そして少年を見た。
言葉の少ない少年が伝えたかった事。それが少女には分かった。
だから、笑顔でひょいっと立ち上がった。


「帰らなきゃ。お母さんがきっと心配してる」
「うん」
「今日は楽しかったわ。またね」
「うん」


少女はクルリと神社と少年に背を向けて歩き出した。水風船は、少年にあげた。
今度は何をして遊ぼうか。
すると、


「あの」


後ろから少年の声。振り向くと、手を後ろに持って俯いた少年の姿が。


「ありがとう」
「……」
「ありがとう」


キツネのお面の、その向こうの顔。今度は見せてくれるかな。
だって、きっと今、彼は彼女のように笑っている。嬉しそうに。


「私もありがとう」
「うん、ありがとう」


お礼を言い合って、別れる。
さようならの言葉はいらない。また、遊ぶ約束をしたのだから。




トントンシャン トントンシャン


今日の 祭りは お終いじゃ


月読様も お帰りじゃ


人の子もほら 帰りんしゃい


月の下で また 遊びましょ




お母さん。今日はお友達と遊んでたの。

ううん。みっちゃんでも、ゆきちゃんでも、けんちゃんでもないのよ。

じゃあ誰かって?駄目、内緒。

でもまた遊ぶ約束したの。今度はきっと顔を見せてもらうんだから。

ああでもその前に、名前を聞かなくちゃ。

友達だもの。


「トントンシャン、トントンシャン」


静かな小さい広場に、1つの歌がゆっくりと流れる。


「今日の祭りはお終いじゃ」


神社の上にのぼって、キツネのお面の少年が歌う。


「月読様もお帰りじゃ」


常に見守る金色の月をじっと見つめながら、


「人の子もほら、帰りんしゃい」


1つの水風船をテンテンついて、闇夜の中に佇んでいる。


「月の下でまた…」


そこで少年はフッと町を見下ろした。
真っ赤な浴衣を着た少女の家はあれだろうか。これだろうか。
少年はそんな事を考えながら楽しそうにクスクスと笑う。


「遊びましょ」


少年はふわりと神社から飛び降りた。
そして1回振り向くと、嬉しそうに神社へと駆けていった。


月と同じ色のお面と尾が、神社の中へと消えていく。



少年と少女の約束は、月だけが見ていた。

04/04/05











今回書きたかったもの。「キツネのお面を被って甚平を着た少年」「真っ赤な浴衣を着たおかっぱの少女」
和服って超いいよね。