ある町の目立たないある一角に。

そのお店はありました。





     町角の魔法屋さん





一見、とても古めかしいお店でした。

小さな洋館のような外見の家に、1つだけ、お店をあらわす看板がついているだけでした。

よほど注意してそのお店を見ておかなければ、とてもお店だと気づかないでしょう。

それでも、その家はお店なのです。





その日は、可愛らしい小鳥がチュンチュンさえずる、とても気持ちのいい朝でした。

お店からいつものように、ピピピピピという電子音が流れ出しました。

その音がふいに止んでからしばらくすると、お店の扉がギイーと音を立てて開きます。

開いたのは、あくびをかみ殺しながら外に出てきた、エプロンをつけたお店の女の人でした。


ねぐせを無理矢理ピンでとめたような髪型の女の人は、空を見上げて1つ伸びをしてみせました。

今日もきっと暑くなるでしょう。

女の人は脇の蛇口から木で出来た入れ物に入れると、柄杓でお店の前に撒き始めました。

これが、彼女の朝一番の習慣なのです。



水を撒き終わった女の人は、パンをもそもそと食べながらお店のカウンターに腰掛けました。

狭い店内には、ずらりと小瓶が並べられていました。

壁にも棚にもカウンターにも、たくさんの小瓶が飾られています。

小瓶の中には、何だかもやもやとした色とりどりの何かが詰まっているようでした。

この小瓶たちが、このお店の商品なのです。


朝食を食べ終わった女の人は、カウンターの下から何かを取り出しました。

それは、空の小瓶と、赤い毛糸が絡まったようなくしゃくしゃの何かでした。

女の人はくしゃくしゃの何かの端っこを摘むと、器用に指先を動かして細く細く糸のように紡いでいきました。

そしてそれを次々に、小瓶の中へと詰めていくのです。

女の人は、時々糸にふうと息を吹きかけながら、どんどんと小瓶を満たしていきました。



小瓶の中身が半分ほど埋まった頃です。

あと一時間もすれば、太陽が真上にくるような時間。

扉がギイーと音を立てて開きました。


「いらっしゃいませー」


女の人は顔も上げずにお客に声をかけます。

お客はどこか戸惑いながら、カウンターへ近づいてきました。


「あの……」

「はいはい何でしょう」

「ここ……本当に、魔法を売ってるんですか?」


お客の言葉に、女の人はやっと顔を上げました。

紡いでいる手はそのままに、お客へと目を向けます。


「お客さん、おもてちゃんと見たかい?「魔法屋」って看板あったでしょう」

「ああ、はい……その看板を見て入ってきたんですが」

「その通りうちは魔法屋だよ。じゃないとそんな看板立てたりしないって」


戸惑うお客をほっといて手元に目を戻しながら、女の人は言います。


「それで、どんな魔法をお求めで?攻撃系、回復系、能力補助系、それとまあ特殊なものも少々あるけど」

「いや、あの」

「何?」

「その、魔法を買ったら、本当に魔法が使えるようになるんですか?」


女の人は、今度こそ手を止めました。

丁寧に紡いでいた糸を切ると、ふうとため息をついてカウンターに肘をつきます。


「お客さん、まったくの素人だね」

「ええとその、すみません……」

「いいよいいよ。誰だって始めはなにも知らないんだから」


何故だかお客が申し訳ない気持ちになっていると、女の人は店内をぐるりと指し示しました。


「色んな小瓶が並んでるでしょう?あれに魔法が入ってるんだよ」

「あ、あれに、ですか」

「そう。例えばこれなんか、まだ未完成なんだけどね」


と言って、女の人はさっき作っていた小瓶を手に取りました。

半分ほど中を満たした赤いもやもやを、お客は興味津々に見つめます。

すると女の人は、ちらりと背後を、店の奥へと続く通路を見つめました。


「あの馬鹿、まだ起きてこないようだね」

「え?」

「ちょうどよかったお客さん。ちょっと今本物見せてやるよ」


女の人は、いったん小瓶の蓋を頑丈に閉めてしまいました。

そして何かをつぶやくと、その小瓶を力いっぱい振り始めたのです。

中の赤いもやもやは、振られることによって怪しい光を放ちます。

お客が何故か知らずに怯えていると、女の人は立ち上がりました。


「ま、半分だからこんなもんかな」


奥の通路に向けて、女の人はまっすぐに立ちました。

そしてにやりと笑うと、ポンと小瓶の蓋を開けたのです。

途端に、小瓶からものすごい勢いで、火の玉が飛び出しました。

火の玉はそのまままっすぐ奥の通路を駆け抜けて。


ボン!


何かに命中したようです。


「これが火の魔法。半分だけだったからまだまだ威力は少ないけどね」

「………」


お客があっけにとられている中、女の人は何事も無かったように元の場所に座りなおしました。


「いやね、私は店主じゃないの。私の旦那が店主なの。その店主がまだ起きてこないもんだからね」

「だ、大丈夫、なんですか?」

「うちの旦那、丈夫だけが取り柄だから」


女の人が新しいくしゃくしゃの何かを取り出している間に、通路の奥からのしのしと何かが歩いてきました。

やがてお客に焦げ臭い匂いが届いてきた頃、頭からプスプスと煙を出した店主が現れました。

とても大きな店主は、一言女の人に言います。


「おはよう」


女の人は挨拶を返す代わりに、店主をバシンとはたきました。


「ほらあんた、客だよ!」

「いらっしゃいませ」

「あ、いや、ど、どうも」


頭を下げる店主に思わずお客も頭を下げました。

女の人と同じエプロンをつけた店主は、のしのしとカウンターから出てきて、そして外に出て行きました。


「すいませんねえ、あれ、昔から愛想悪いんだ」

「え、は、はあ」

「えーとそれで、どこまで話したっけ?ああそうそう」


今度は青色のくしゃくしゃを摘みながら女の人がまた話を再会させました。


「あんたは魔法が使えるか、って聞いたけど、見た通りだよ。実際に自分では使えないよ」

「小瓶から魔法が出てくるんですね……」

「そう。人間ってのはもうすでに色々詰まってるからね。そこに魔法を詰め込むのは大変なんだよ」

「はあ……」

「大きさ的にも空っぽの小瓶なんかがちょうどいいのさ。だからうちはこれに入れてるんだけどね」


そこで店主が外から帰ってきました。手には何故かじょうろを持っています。

お客が見ていると、店主はお店の隅っこの方にのしのしと歩いていきました。

よく見てみれば、緑色の葉っぱが瑞々しい何かの植物が、いくつかの植木鉢に生えていたのです。

店主は植木鉢に水をやり始めました。


「あれが、これだよ」


女の人がくしゃくしゃの何かをお客に見せました。


「あ、あれが、これですか?」

「生えて来るんだよ。花みたいにね。魔法の元みたいなものかな」

「魔法って、生えてくるんですね……」

「ま、実際何の種類が生えてくるのかってのは分からないんだけどね」


すると水をあげていた店主が、女の人へ振り返りました。


「2号は、白だ」

「白か。ちょうどよかった、少なくなってたのよね」

「2号……」

「植木鉢の名前だよ」


満足そうに頷く女の人に、店主はさらに言いました。


「あと、もう1つ」

「なんだい?」

「腹が、すいた」


女の人はちらりと時計を見ました。もうすぐお昼です。


「我慢しな」

「………」


店主は少しがっかりしながら、またじょうろに水を入れに外に出て行きました。

お客が店主をちょっと可哀想に思っていると、女の人に声をかけられました。


「それで、お客さん」

「は、はい?」



「一体、何の魔法をお求めで?」



お客は女の人の目を見て、動けなくなりました。

棚に並べられた、色とりどりのたくさんの小瓶が目の端にちらつきます。

あーとか、うーとか、たくさん悩んだお客は、悩んだ挙句に、こう言いました。



「いいえ、魔法は、いりません……」









「あーあ、また売れなかった」


お客が帰ってしまった後、女の人は店主に愚痴り始めました。


「近頃は目的も何も持たずに彷徨って来る客が多すぎるんだよね」

「そうだな」

「そういう客ほど、目の前に沢山の選択肢を出されたら、拒んじゃうんだよね」

「そうだな」

「昔はよかったよ。どんな奴でも、でっかい夢持ってでっかい魔法買っていったっていうのに」

「そうだな」


はあとでっかいため息を1つこぼすと、女の人は立ち上がりながら店主に言いました。


「……さて、飯にするよ」

「そうだな」



こうして、魔法屋さんの一日が、今日も過ぎ去っていきます。

05/08/11





















今回書きたかったもの。「魔法屋さん」「夫婦」
魔法って、色んな可能性があると思うんです。だからこんな魔法もありかなと思うわけで。






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