カラン、カラン、カラン




「ああー。やあ、おはよう」


おはようと言うには少々遅すぎる時間、大きく伸びをしながら死神がやってきた。
帽子屋は何と返事を返すべきか一瞬悩んで、結局は同じ言葉を返すことにする。


「…おはよう」


「今自分は起きた所さ。遅いなんてツッコミは無用だよ」


そんな帽子屋の表情に気づいたのだろう。
ずかずかと室内に踏み込みながらも、死神は両手を広げて何でもないことのように言う。


「気づいたら11時だったというだけさ」


「それもどうだよ」


呆れた表情の帽子屋に向かって、死神はなおも言葉を返した。


「たまにあるんだ。時間泥棒」


「俺は、寝てない…」


そんな死神に突っ込むことなく、帽子屋がげっそりとつぶやいた。
確かに、目の下には微かに隈が見える。
死神は、いつも通り愛用の鎌をコート掛けに立てかけて振り向く。


「寝不足はお肌の天敵だぞ」


「…っ誰の所為だと思ってるんだ!!」


紅茶を一気に飲み干した帽子屋が、咽そうになりながらも突っ込んだ。


「おや?ああ、帽子か」


その剣幕に驚いた帽子屋が、一瞬きょとんとした後すぐに納得した表情を作った。
帽子屋の隈の理由に気づいたのだろう。
あれから結局、帽子屋は本当に徹夜で帽子を直していた。


「…とりあえず、ほら」


帽子屋は紅茶を飲んで一心地ついたのか、幾分落ち着いたようだ。
ロッキングチェアの真後ろに置いてあった、直したてのシルクハットを丁寧に取り上げて死神に渡した。
昨日とは見違えるほどきれいになっている。
大きな穴はもちろん、コバがつけた無数の引っかき傷も消えていた。


「出来たのかい?」


大事そうに帽子を受け取り、すぐに被る。
今まで自分が被っていた物は、きちんと帽子屋に返した。


「ありがとう。うん、良い被り心地だ」


「あ、それと…」


「なんだい?」


満足そうにうなずく死神に、帽子屋が声をかけた。
しかし、そのまま死神を残し、キッチンへと引っ込んでしまった。
少しして、手に何かを持って戻ってくる。



「ほらよ。プリン」


「おお、プリンだ!」


帽子屋が手渡した物をみて、死神は目を輝かせる。
なんだか、嬉しそうだ。



「ちゃんとプッチンプリンだな」


「わざわざ葬儀屋までもらいにいったんだぞ」


「ほう、あそこには何でもあるな」


「あぁ。」


妙にご機嫌な死神を見て、帽子屋も思わず微笑む。
わざわざ葬儀屋まで訪ねていった甲斐があったというものだ。



「とりあえずありがとう」


「どういたしまして」



プリンを大事そうに持ったまま、死神は頭を下げる。
そしてそのまま、がばりと顔を上げると、いい笑顔で言い放った。



「じゃあさっそくスプーンを持ってきてくれ」


ドンドン、とテーブルを叩く。


「…っておい!」


「なんだい?」


「いや、何でも…」



やたらと調子を崩され、帽子屋は思わず声を上げる。
死神に聞きかえされたが、適当に言葉を濁してキッチンに向かった。
何であいつはいつも偉そうなんだ…などという呟きが聞こえる。


「それが自分の性分なのさ」


死神が楽しそうに言ったが、キッチンの帽子屋の元までは届かなかった。



「ほら、スプーン。」


半ば、あきれたような表情をしつつもスプーンを手渡す。
帽子屋は律儀にも、紅茶用のスプーンとは違う物を持ってきている。
椅子にふんぞり返った死神が、ふむ。とうなずき受け取った。


「ありがとう、あ、それと、プッチンとしたいから皿も持ってきてくれ」


「……ほら」


帽子屋は、すでにスプーンと一緒に持ってきてあった皿を死神に渡したが、
その動作は、大分投げやりだった。
皿を受け取って、死神は満足そうに言う。


「ありがとう、いたせりつくせりだな」


「くっ…こいつ…」


やはり偉そうな態度の死神を、帽子屋が軽くにらむ。
しかし、死神は気にもせずにプリンを皿にあけた。


 プッチン


「……」


「ああ…この瞬間が最高の快感だ…」


死神は、どこか恍惚とした表情でプリンの空きカップを脇においた。
その様子を、何故か帽子屋が興味深そうに見ている。
視線に気付いた死神が尋ねた。


「ん?なんだい?君もプッチンしたいのかい?」


「おもしろいか?それ」


しかし帽子屋は質問には答えず、やはりプリンを見つめる。


「おもしろいよ、最高だよ」


「…そうか」


「やるかい?」


どこか上の空で言葉を返した帽子屋が、死神の言葉を聞いた瞬間びっくりしたように顔を上げた。


「っ…いいのか?」


「ほら。イッツ初体験だな」


三個パックのプリンの二個目を取り出して、死神が帽子屋に渡した。
ついでに、椅子まで引いて自分の向かい側に座らせてやる。
帽子屋は、紅茶のカップが置いてあった受け皿を目の前におかれ、
どこか緊張した面持ちでプリンを手に取った。


「よし…」


その表情は、怖いくらいに真剣だ。





 プッ、チン…





「どうだい?」


帽子屋の向かい側に座った死神が、身を乗り出した。


「…おぉ、すげ…」


「すごいだろう、プルプル震えるんだぞ」


「…どうなってんだこれ」


「空気が入るとか何とか、聞いたな」


「へぇーっ」


子供のように目を輝かせた帽子屋は、やたらと楽しそうに感心した。
紅茶用のスプーンを手にとり、プリンを突っついてみたりしている。


「ふふふ、君もプッチンの魅力にとりつかれたな」


「あぁ、これはおもしろいな。」


自分の分のプリンを食べながら笑う死神に、帽子屋は珍しく素直にうなずいた。
しかし、その表情はすぐに曇る。


「残念ながら、プリンは食えないが…」


「なんだ、食べられないのか?」


「甘いものは駄目なんだ…」


「そんな事いわずに、一回食べてみたらどうだい?結構やみつきになるぞ」


「うっ…でも…」


迷う帽子屋に、死神がさらにたたみかける。


「騙されたと思って、一口でも。ほら、ほら」


プリン信者を増やしたいらしい死神は、プリンをのせた自分のスプーンを帽子屋に近づける。
結局、押し切られるような形で帽子屋はうなずいてしまった。


「そこまで言うなら…一口…」


「そうだ、いってしまえ」


「ちょっとくれ…あ、いや。そんなにたくさんじゃなくて」


「いや、これぐらいでちょうどいいんだ」


死神のスプーンに乗っているプリンの量を見て、再び帽子屋がためらう。
しかし、やはり死神に押し切られてしまった。
どこかわくわくした調子のまま、死神はスプーンを帽子屋の口に持っていく。


「ほら、ほらほら」


「うっ…」





 …ぱくり





帽子屋は、恐る恐るそのスプーンを口に入れた。


「どうだい?」


「…甘い……けど食えないことはない…美味い…かも」


「だろう?」


ゆっくりと言葉をつむぐ帽子屋に、死神が満足したように椅子に座りなおした。


「この食感がたまらないんだ」


「あぁ、それは分かる」


「控えめな甘さもちょうどいいし」


「紅茶があれば大丈夫かもしれない」


「そうだろうそうだろう」


死神と帽子屋は、プリン談議に花を咲かせる。
紅茶を飲む帽子屋は、心なしかいつもよりも幸せそうだ。


「今度から紅茶のお供にはプリンだな。自分はつねにお供だが」


「ははっ。今度からプッチンプリンを用意しとくことにしよう」


「おお、そうか」


紅茶を片手に微笑む帽子屋を見て、死神がこっそりとガッツポーズを作る。
しばらく二人で談笑しながらプリンと紅茶を楽しんでいたが、
そのうち帽子屋があくびを噛み殺し始めた。
どうやら、眠くなってきたらしい。


「…すまん。ちょっと…」


「ああ、さすがに徹夜はきついか」


死神が、気遣うように言った。帽子屋は再びあくびを噛み殺す。


「っ…甘いもの食ったら急に…」


「甘いものはいいからな」


うんうん、とうなずいて死神が同意の意を示した。


「さあ、プリンの夢でも見て休め」


「あぁ、悪い、寝る…」


死神に促され、帽子屋は帽子を脱ぎ、ネクタイを緩めてソファに横になる。
すぐに、かすかな寝息が聞こえ始めた。













「おや?」





ギイ、カランカラン





「こんにちはー。って、おや死神さん」


死神がちょうど紅茶を飲み終えたとき、帽子屋のお隣さんの時計屋がやってきた。


「やあ、こんにちわ。久しぶりだな」


「そうだね。お久しぶり」


お互い笑顔で挨拶を交わす。


「今日は何用で?」


昨日は見なかった時計屋に、死神が問い掛ける。


「用って訳でもないんだけれど」


「ふむ、いつもの暇つぶしか」


時計屋が笑顔で返すと、死神も納得したようにうなずいた。



「僕はお店が開いているとき意外はいつも来るから」


「そうかなるほど」


「ところで帽子屋は…ってどうしちゃったの」


と、そこで時計屋はソファに寝そべり寝息をたてている帽子屋を発見した。
少し驚いたような顔をして、死神の方を仰ぎ見る。


「徹夜の身にプリンは優しすぎたのさ」


「あははっ。そういえば、夜遅くも電気がついてたなあ」


時計屋は、死神からテーブルの上に散らばるプリンや紅茶のカップに視線を移した。
それで大体の事情を察したらしい。


「まったく、いつも無茶するんだから…」


軽くタメ息を吐きつつ、ソファのそばに落ちていた帽子を拾い上げて台の上に置いてやる。


「コバとの勲章を直してもらっていてね」


「ああ、あの美人な黒猫くん」


「そうそう、自分の相棒だ」


「喧嘩でも?」


時計屋がそう問いかけると、三個目のプリンに手を伸ばしていた死神がやけにキッパリと答えた。


「いや、決闘だ。引き分けに終わったよ」


「あははっ、決闘ね」


「そうだ、君もプッチンするかい?」


時計屋がその様子に、笑いながら返すと、死神は今度は手に持ったプリンを掲げて見せる。


「ん?プッチン?」


「これが帽子屋を眠りに誘ったのさ」


「ああ…。いや、僕は遠慮しておくよ」


死神が掲げるプリンを見た時計屋が、どこか引っかかる笑顔で言った。
いいよいいよ、と左右に手を振って見せる。


「おや、プリンはきにいらなかったかい?」


死神が意外そうな顔をすると、どこか困ったような笑顔で時計屋が謝る。


「んーというか、あんまり甘いのは得意じゃないんだ。ごめんね」


予想外だったな。と死神が呟き、普段の笑顔に戻った時計屋が口を開く。


「よく、逆に見られるけれど…」


「じゃあプッチンだけでもするかい?」


再びプリン信者を増やそうと再び死神が誘いをかけるが、


「いや、いいよ。死神さんの楽しみでしょう?」


やはり、やんわりと断られてしまった。


「あ、でもこれは帽子屋には内緒ね」


「ああ、じゃあ自分がさせていただこう。しかし、内緒とは?」


早速三個目のプリンに手を出している死神が、プリンを皿にあけながら聞いた。


「今までずっと隠してきた事だしね」


「なるほど」


「ばれちゃうと、変な気を使うでしょう?帽子屋は」


「ああ、そうだな、確かに」


プルプルふるえるプリン口に運びながら、死神がうなずく。


「プッチンプリンを気に入ってたみたいだしな」


「お茶うけのお菓子にまでいらない気をつかわせたくないし」


「そうだな、では内緒の方向で」


もごもごと口を動かす死神に、時計屋が楽しそうな表情で問いかける。


「そういえば、帽子屋も甘いもの嫌いなのに…どうやって言いくるめたの?」


「ふふふ、プッチンの力は偉大なのさ」


「あははっ」


あっという間に三個目のプリンを平らげた死神が、壁に掛けてある大きな時計を見て
ああ、そうだ。と呟いた。


「そろそろ散歩の時間だな」


「いつもの日課だものね」


窓の外の景色を見てうなずく時計屋に、ああ。と答えて死神は立ち上がる。


「己を鍛え、そして安らげる旅だ」


「それじゃあ、帽子屋のことは気にしなくていいから。いってらっしゃい」


死神の答えに微笑み、時計屋も席を立った。


「そうかい、それじゃあ帽子屋は頼んだよ」


「うん。今度は帽子屋が起きてるときに会おう」


「ああ、そうだな」


時計屋が、ちらりとソファで眠る帽子屋へと視線を移すと、
つられて死神もそちらへと顔を向ける。
お互いに笑顔を交わしあい、手を振った。


「では、また」


「また」




カラン、カラン…






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時計屋「さて、これ(帽子屋)はどうするかな…」


帽子屋「プリン…(寝言)」


時計屋「よっぽどプリンが気に入ったのかな…幸せそうに寝ちゃって…はぁ」



死神「ふふふ、これでプリン信者が増えたぞ」







                             ...END


04/07/11











「ひまわり組」で共に管理人をやっている藤の「B-Gdn.」という小説のキャラ「帽子屋」とうちの死神のコラボ作品第2弾ー!(長)
今回は時計屋さんも参加してまっす。ようこそようこそ。
どちらも爽やかな青年イメージで、どうしてもうちの死神が濃いキャラになってしまいます。まあ、実際濃いんですが。

ちなみに今回も、台詞&ページの構成編集はすべて藤がやってくれました。自分はアホ死神だけです。感謝!
異様に盛り上がったので前回より話が長くなってしまいました。いやっははは、楽しいなあコラボ!
今回はこれで終わりです。機会あればまたやりたいですなあ。

時計屋に惚れちゃったどうしようでも小説読んだ事ないわ是非読みたいって方は、「ひまわり組」の藤のページへGO!