あの頃の空  −少年の夏−




 〜登場人物〜


 少年    ある夏の日、死神に出会った

 友人    少年の友達

 死神    黒い服を着て、大きい鎌を持っている





 〜始まり〜


  幕前、友人と少年が立っている


友人   よお、久しぶり

少年   やあ、本当久しぶり

友人   どうだった、夏休みは?

少年   そっちは?楽しんできたんじゃないか?

友人   もちろん ばあちゃんの家の近く、海が近かったんだ

少年   たっぷり泳いだんだろうね

友人   ああ、おかげで日焼けしまくりだよ

少年   健康的じゃないか

友人   お前は山に行ったんだろ?

少年   うん、お盆はあっちで過ごした

友人   そうか


  友人、少年をまじまじと見る


少年   なんだよ そんなに見つめてきて

友人   いや お前、あっちで何かあったのか?

少年   何で?

友人   前よりイキイキしてる

少年   どういう意味だよ

友人   夏休み前は死んだような顔してた

少年   ……

友人   なあ、何かあったんだろ?

少年   …変なヤツにあった

友人   変なヤツ?

少年   そう、すごく変なヤツ

友人   どんな変なヤツなんだ?

少年   言っても信じられないと思う

友人   いいから、言ってみろって

少年   それが、本当にすごく変なヤツだったんだ…


  友人と少年去る

  幕開け 中央に死神が立っている

  そこへ少年がフラフラと歩いて、死神の前を通り過ぎようとする


死神   やあ


  少年、びっくりする


少年   な、何?

死神   挨拶には挨拶を返すものだ (もう一度) やあ

少年   や、やあ

死神   よし (うなずく)

少年   …で、何か用?

死神   これからどこに行くんだい?

少年   そんなの…ぼくの勝手じゃないか

死神   君がどこに行くのか、気になっただけさ

少年   …それだけ?

死神   それだけ


  しばらく沈黙


少年   あんた…誰?

死神   誰だと思う?

少年   それ、何?

死神   鎌みたいなものさ

少年   大きいね

死神   大きいだろう

少年   その黒い服、暑くない?

死神   暑そうに見える?

少年   黒は、熱を吸収するらしいよ

死神   へえ、そうなのか

少年   …暑くないの?

死神   さあ、どうだろう

少年   見てるほうが暑い

死神   じゃあ、暑いんだろう

少年   あんたは?

死神   暑いと思うよ

少年   …もしかしてあんた、死神?

死神   そう呼ばれることもある

少年   へえ、あんた死神なのか

死神   たぶんね

少年   どっちだよ

死神   君が死神だと思うのなら、死神だよ

少年   じゃあ、死神なんだね

死神   ああ

少年   何でここにいるの?

死神   ここにいたいからさ

少年   何でぼくに声をかけたの?

死神   君がどこに行くのか、気になったからさ

少年   ふうん

死神   これからどこに行くんだい?

少年   どこだっていいじゃないか

死神   そうだね

少年   もう行っていい?

死神   いいよ


  少年歩き出す 死神も後からついてくる


少年   何でついて来るんだよ

死神   ついていきたくなったんだ

少年   すごく迷惑だよ

死神   お構いなく

少年   …!はあ (ため息)


  少年、前に出て座る


少年   …ねえ

死神   何だい

少年   もしかして君はぼくの迎えに来たんじゃない?

死神   君の迎え?

少年   だって、死神なんだろ?


  死神、少年の隣に座る


死神   この鎌、人の魂を狩るために持ってると思っているのかい?

少年   違うの?

死神   生きてる者の魂は狩れないよ

少年   じゃあ何でそんなものを持ってるの?

死神   持ちたいからさ

少年   その鎌を?

死神   ああ

少年   何で?

死神   カッコいいじゃないか

少年   それだけ?

死神   それだけ

少年   …じゃあ、自分で死ぬしかないのか

死神   狩りとって欲しかったのか?

少年   …別に…

死神   それとも死にたいのか?

少年   …… (うつむく)

死神   (上を見上げる) 空が綺麗だな

少年   え?

死神   すごく青い

少年   …本当だ

死神   あの向こうには、天井が無いんだな

少年   …ねえ、あんたはどこから来たの?

死神   さあ、どこからだろう

少年   上から?

死神   下かな

少年   下?

死神   暗いところさ

少年   地獄?

死神   ちょっと違う

少年   ぼくの知らないところだな

死神   そうか

少年   ここに、何しに来たの?

死神   ここに来るために来たんだ

少年   答えになってないよ

死神   はっきりとした答えなんて、どこにもないものさ

少年   そんなもんか

死神   そんなもんだ

少年   いつ頃からここにいたの?

死神   そう遠くはないな

少年   へえ

死神   君はどうしてここにいるんだい?

少年   …近くにおじいちゃんの家があるんだ

死神   ここのふもとだな

少年   親と一緒に帰ってきたんだ

死神   そこから来たのか

少年   うん

死神   盆だから?

少年   お盆は、毎年こっちに来るんだ

死神   そうなのか

少年   あんたも盆だからここに来たの?

死神   うん?

少年   魂、いっぱいいるんじゃない?

死神   ああ、みんな帰ってきてるよ

少年   それを連れて行くの?

死神   いや、連れて行かない

少年   何で?

死神   連れて行かれたものが、帰ってきているからさ

少年   また帰っていくの?

死神   盆が過ぎたらね

少年   だから連れて行かなくていいのか

死神   そうさ

少年   へー

死神   ねえ、聞かせてくれないか?

少年   え?

死神   君の人生の話を

少年   何で?

死神   ここに来てから、まだ少ししか立ってないから

少年   知らないんだ

死神   そう、生きてる人の人生を知らないんだ

少年   でも、話す事なんてないよ

死神   何で?

少年   だって、何も無いんだ

死神   今まで生きてきたのに?

少年   話せることが全然思いつかないんだ

死神   何も?

少年   ただ生きてるだけじゃ何も無いんだよ たぶん、これからも

死神   これからなんて、まだ分からないじゃないか

少年   だって今まで生きてきて何も無かったんだ 生きてるのも、死んでるもの、同じだよ

死神   へえ、同じなのか

少年   死んだら、どうなるんだろう

死神   それは死んでみないと分からないな

少年   あんた、死んでないの?

死神   いや、違うな

少年   じゃあ生きてるの?

死神   それも違うな

少年   一体どっちなんだよ

死神   さあ、分からないな どっちでもいいよ

少年   どっちでもいいの?

死神   だって、生きてるのも死んでるのも、同じなんだろ?

少年   それは…

死神   君はどっちがいい?

少年   え?

死神   生きている方がいい?死んでいる方がいい?

少年   むずかしいな…

死神   どっちも同じなんだろ?

少年   少なくとも、生きていると苦しいことがあるな

死神   苦しいことがあるの?

少年   苦しんでいる人がいっぱいいるよ

死神   生きていると、苦しいのか?

少年   生きていることが苦しいときもあるよ

死神   へぇ

少年   そうなると、死んでいる方がいいのかな…

死神   そうなるの?

少年   分からない…

死神   分からないの?

少年   分からない…僕には、どっちがいいのか分からない…(頭を抱える)

死神   ……

少年   ……

死神   空が綺麗だな

少年   ……

死神   すごく青い

少年   ……

死神   なぁ、昨年も、こんな空だった?

少年   え?

死神   昨年も、この空は青かった?

少年   …あぁ、青かった

死神   この空は、昨年も綺麗だった?

少年   綺麗だった…覚えてる、綺麗だった…

死神   綺麗だと思った?

少年   思った お母さんと一緒に見たんだ

死神   綺麗だったんだ

少年   ああ、一昨年はお父さんとみたんだ その前は、皆で見た

死神   こうやって、見上げたんだ

少年   ああ、遊んだあとに、買い物の帰りに、あっちに帰る時に見上げた

死神   綺麗だな

少年   うん、綺麗だ

死神   じゃあ、生きてることでいいや

少年   え?

死神   生きてたら、綺麗だと思うだろ?

少年   え?

死神   今、綺麗だって思ったから、生きてるって事でいいや

少年   生きているって事で、いいの?

死神   うん

少年   生きてて、いいの?

死神   こう見上げて、綺麗だって思うだろ?

少年   死んでも、思うかもよ?

死神   まだ、分からないだろ?

少年   そうだけど

死神   だから、たしかめるのはまた死んでからのお楽しみさ

少年   死ぬの?

死神   生きてるから

少年   死神なのに?

死神   生きてるから

少年   …僕も死ぬかな

死神   生きてるだろ?

少年   …うん

死神   死ぬまで、見上げてようかな

少年   生きてる間?

死神   うん。(立ち上がる)君は?

少年   僕?

死神   これから、どうするんだい?

少年   これから?

死神   これから、どこに行くんだい?

少年   これから


  少年、空を見上げる


少年   空を見上げておくよ

死神   それから、どうする?

少年   帰るよ

死神   帰る?

少年   家に帰るよ

死神   あのふもとの?

少年   うん、親も、おじいちゃん、おばあちゃんもいるんだ

死神   生きて、帰る?

少年   生きて、帰るよ

死神   そうか

少年   あんたは?

死神   帰るよ

少年   暗いところに?

死神   うん

少年   生きて、帰る?

死神   生きて帰るよ

少年   そうか

死神   うん

 
  死神、立ち去ろうとする


少年   ねぇ

死神   ん?

少年   あんたの帰る場所に空はあるの?

死神   そら?

少年   うん、空

死神   天井はあるよ

少年   天井?

死神   うん

少年   じゃあ、そこで行き止まりなんだな

死神   続いているよ

少年   どこに?

死神   ここに

少年   ここ?

死神   そして、ここからまた、空に続いているんだ

少年   そうか

死神   そうだよ

少年   僕が死んだら、あんたにまた会えるかな

死神   死ななくても会えるさ

少年   そうかな

死神   生きてるもの

少年   そうだね

死神   ああ

少年   来年、もしここで会ったら

死神   うん

少年   また、空を見よう

死神   …そうだな、それもいいな

少年   じゃあ、またね

死神   また?

少年   会えるかな?

死神   会えるかもね またね

少年   またね


  死神、去る


  少年、立ち上がる


少年   昨年   お母さんと   この空を見た   綺麗だった
     
     一昨年  お父さんと   この空を見た   綺麗だった
    
     その前  皆で      この空を見た   綺麗だった
     
     今日   死神と     この空を見た   …綺麗だった
     
     この空は    ずっと   綺麗だった

     これからも   ずっと   僕は   この空を見ていくと思う

     ずっと   綺麗だって   思えたらいい

     生きて   綺麗だって   思えたら………!!!


  友人が少年の元に行く


友人   それで、帰ってきたのか

少年   うん、帰ってきた

友人   そんなに綺麗な空だったのか?

少年   綺麗だよ 僕は綺麗だと思う

友人   へぇ

少年   あれは、本当に死神だったのかな?

友人   お前が死神だって思うなら、死神だったんじゃないか?

少年   そうだね

友人   でも、おれは違うと思うな

少年   何だったと思う?

友人   天使

少年   え?

友人   天使だと思う

少年   何で?

友人   お前に、魂を持ってきてくれた

少年   魂を?

友人   今のお前、イキイキしてるから

少年   …そうだね、そうだったのかもしれない

友人   ま、どっちでもいいだろ

少年   ああ、どっちでも、いいな

友人   そろそろ始業式が始まるぞ、行こう

少年   うん


  友人と少年、去る 幕閉め




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