旅人には季節毎の行事なんて関係なかった。
あちこちを回っているのだから、森の中を歩いていたり、船に乗っていたり、山を越えていたりするうちに記念すべき日はあっという間に過ぎてしまうものだ。
なのでお祝い事なんて、大抵の旅人達は係わりになることなんて無い。

たまに運良く、祝い日に町や村に立ち寄る旅人なんてのもいるが。


今日は今年最後の日。そんな日に偶然この町を訪れた旅人が、5人ほど。




   Spirit Of Adventurous外伝  〜愛の日の出と大太鼓〜




「年越え?」


町人の話を聞いていたあらしが聞きなれない言葉に首を捻った。何しろずっと旅人だったものだから、そういう記念日にだけは疎いのだ。
すると、華蓮がああーっと何かを思い出したように頷いた。


「もうそんな時期ですか。あっという間ですね」
「年を越えることって、そんなにめでたいものだっけ?」
「まあ、めでたいんじゃないか?」


ひたすら首を捻るあらしに、ウミが答えた。


「1年の節目だからな、新しい年ということで祝うんだ」
「ま、何でも良いから祭りっていうのは良いもんだぜ!」
「そうよー!美味しいものいっぱい出るものー!」


お祭りごとがいかにも好きそうなクロとシロが、案の定はしゃいだ様子で叫んだ。
まあ、悪魔と天使には1年の終わりなんてあまり関係が無いに違いない。


「1年なんて旅してれば関係ないからなー」
「それはそうですが、せっかくですから今日は楽しみましょうよ」
「そうそう!楽しもうぜー!」
「どんちゃん騒ぎねー!」
「何でお前達そんなにハイテンションになれるんだよ…」


まあ確かに内容は関係なかろうが今日はお祭りだ。楽しまなければ損というものだ。



この町は、新年の朝日が昇ると共に大きな太鼓を叩いて祝うのだそうだ。
その大きな太鼓とは、町の男10人ほど集めてやっと運べるほどの巨大な太鼓で、何百年も前からこの町で使われているらしい。
この太鼓が鳴らないと新しい年は訪れないという話が作られるほど、その太鼓はこの町にとって大事なものなのだ。
他の国では新年がやってきた真夜中に鐘を鳴らすところもあるそうで。その町それぞれの風習があるのだ。

が、そんなめでたい祭りの準備中に、思わぬ事件が起こった。


「たっ大変だー!太鼓が!大太鼓が無くなったんだー!」
「「何ぃ?!」」


この祭りのメイン大太鼓が、忽然と消えてしまったのだ。
あんなに大きな太鼓が一体どこへ消えてしまったのか…!


「太鼓が無いと新年がやってこないぞ!」
「こりゃあ一大事だ!」
「一体誰が大太鼓を…!」
「盗まれたんじゃないか?!あれはとても立派な太鼓だからな!」
「じゃあ誰が盗んだんだ!」
「この町の者が大事な大太鼓を盗んだりするのか?!」
「それじゃあきっとさっきこの町にやってきた旅人の仕業だ!」
「そうだ、そうに違いない!」
「旅人を捕まえろー!」


と、何故かこういう事になって、その結果…。

ガシャン。

5人はあれよあれよという間に牢屋に閉じ込められてしまった。


「いきなりなんじゃこりゃーっ!」
「オレは無実だーっ!」
「まだ料理食べてないのにー!」
「な、何だ?何がどうなってるんだ?」
「ちょっと失礼じゃないですか!いきなりこんな所に入れるなんて!」
「うるさい!この盗人め!今から町長を呼んでくるからちょっと待ってろ!」


怒り狂った町人たちは5人の言い分を聞くことなく、一旦全員が牢屋から出て行った。


「つまり…どういうことなんだ?」
「私たちが太鼓を盗んだ犯人だと思われてるんですよ、つまり」
「オレは無実だー!」
「うるっさい!そんな事は分かってるんだよ!」
「えーあたしが食べ物以外のものを盗むわけ無いじゃないー」


5人が牢屋の中でギャアギャア騒いでいると、そっと誰かが牢屋の前にやってきた。
さっきの町人ではないようだ。その人物は、小さな声で話しかけてきた。


「すいません…大丈夫ですか皆さん…!」
「「?」」
「誰?」
「私、この町の踊り子のマユコといいます。よろしくお願いします」
「「こ、こちらこそどうもよろしく」」


やけに礼儀正しい踊り子のマユコさんは、さらに小さな声で言った。


「私、皆さんを助けに来たんです」
「「えっ?」」
「大太鼓を盗んだ犯人は別にいると思うんです。だから…」
「何故そう思うんですか?」


華蓮が聞くと、マユコさんは少し顔を背けながら答えた。


「心当たりが…あるんです」
「心当たり?」
「はい、だから犯人探しに力を貸してくれませんか?そうしたら疑いも晴れますし…」


願っても無い話だった。とりあえずここにいたってどうにもならないんだから、答えは決まっている。


「それじゃあ、ここ開けてくれいマユコー」
「はい!」
「馴れ馴れしいなクロ…」


マユコさんはガチャンと近くの鍵で牢屋を開けてくれた。


「でも、このまま出て行ったらすぐに見つからないか?」
「はいそう思って、ちゃんと対策は立ててきました」
「「おおー」」


準備の良いマユコさんは、ごそごそと背中に背負っていた風呂敷を広げて中を見せた。
中にあったものは、何だか派手な衣装類。


「マユコさん…これは…」
「私たち踊り子の衣装です。踊り子の服装をしていればばれないかと思って…町中に踊り子が散らばっていますから」
「わーすごいですね!踊り子の衣装!」
「かわいー!」
「えーっと…ちょっと質問マユコさん」
「はい?」


あらしは、引きつった顔で衣装を指差した。


「これ…どう見ても全部女物なんだけど…」
「はい、踊り子に男性はいませんから」
「そりゃいないよなあ…踊り子だもんなあ…」
「着るのか…?…これ」


青い顔して言うウミに、マユコさんはキラキラと輝いた笑顔で頷いた。


「はい!もちろん!」



「うわ、ずいぶんと可愛い姿になりましたねシロさん」
「カレンもすごい似合ってるわよー!」


シロと華蓮は見事に踊り子の衣装を着こなしてみせた。


「そういえばあの3人はまだかなー?」
「そうですねー…楽しみですねー…うっふふふふ」


2人がワクワクしながら待っていると、マユコさんがさっと物陰から現れた。着替えを手伝っていたのだ。


「はい終わりました!皆さん可愛く仕上がりましたよ!」
「「おおー!」」


マユコさんの合図と共に、3人の踊り子?が現れた。


あらし…まだマシ。女に見えなくもない。

ウミ…人魚なので元が良い。のでそれなりに様になっている。

クロ…無理。


「皆可愛いわよー!」
「…………!」


もはや華蓮は言葉も出ない。背を向けてプルプル震えている。
クロ、顔は悪くないのだがいわゆる男顔なので、女装というものがどうも似合わないらしい。


「どうだー!オレすんごい美人に大変身だろ!」


本人は一番乗り気だ。ウミは心なしかいつもよりぐったりした様子だし、あらしなんて手で顔を覆って塞ぎ込んでいる。


「だめだ…こんな生き恥晒すくらいなら死にたい…」
「大丈夫ですよあらしさん、クロさんよりはマシですから」
「あれと比べるなーっ!」


うわーんと突っ伏してしまったあらしの肩を、クロはポンと叩いてやった。


「あらし、下手なプライドなんて捨ててしまった方が楽なんだぜ」
「そんなに簡単に自分を捨てられるかっ!」
「むしろ捨ててしまいたい…」
「皆さん、早くしなければ気付かれてしまいます、行きましょう!」


マユコさんは、偽踊り子5人(その内偽女3人)を引き連れて、賑わう町中へと犯人探しのために繰り出していった。



「でも、衣装がそんなに肌が出たものじゃなくてよかったですね」
「えっ本場もんって肌出てるの多いの?」
「みたいですよ、前にすごい大胆な衣装着た踊り子を見たことあります」
「そりゃよかった…まだ良いのかこれ…」
「おうてめえら!そんなんじゃ正体バレるじゃねーか!もっと気合入れろ気合!」
「お前が一番危ないんだよクロ!」
「お腹すいたーそういえばご飯食べてないわよご飯ー」
「み、皆さん、ちょっと静かにしていただかないと目立ちます…!」


いかにも怪しい踊り子集団は、マユコさんの力なのか特にお咎め無しにここまでこれた。
今は夜。祭りは夜明け前に行われるから、それまでに太鼓を見つけなければならない。


「で、犯人の心当たりって誰なんですか?」
「そうだ、まだ聞いてなかったね」
「はい…実はその心当たりは…私の恋人なんです…」
「「恋人…」」


5人にはまるで縁の無い単語である。


「何でまた恋人が…」
「私の恋人はちょっと…恋に熱い人なんです…」
「暑苦しいの間違いじゃないんですか」
「こら華蓮、人の恋人に何てことを!」
「熱いって、どういう事ー?」
「私によく贈り物をくれるんです。それに熱い言葉に、熱いポーズとか」
「お前の恋人は頭を重点的に大丈夫なのかよ」
「クロも随分と失礼なっ!」


マユコさんは、はあっとため息をついた。


「良い人なんです。優しいし。でも、やり過ぎてしまう面もあって…私が欲しいと言ったものを何でもくれるんです」
「良い恋人じゃないか」
「ええ、でも、それどころか私が少しでも気に入ると、何でも持ってきてしまうんです…例えば薬局の前の人形とか…」
「それは…ちょっと困りものだな…」
「この前もそうでした…」


それは実に数日前、祭りの準備のために表に出されていた太鼓を、マユコさんが恋人と一緒に見ていた時、

『いつ見ても立派な太鼓ね…!カッコいい!』
『マユコ、あの太鼓が好きか?』
『うん、町の宝だもの』

そこでマユコさんは、恋人の目がキラリと光ったのに気がついた。

『…ケン、まさか…』
『マユコ!おれ、あの太鼓絶対お前にやるからな!待ってろよ!』
『ま、待ってケン!ケーン!』

と、恋人ケンはダッシュでどこかに走っていってしまったんだという。


「暑苦しい男ですね」
「やっぱり頭辺り大丈夫かそいつ」
「2人とも失礼、失礼!」
「どうやってあの大太鼓を盗んだのか分かりませんが…あの人がやったに違いありません。やると言ったらやる人なんです」
「はあー…そういうわけか…」


話しているうちに、祭りの中心で大太鼓が置かれる予定の祭り会場へとやってきた。
ここは景色が良いので綺麗な日の出が見れるだろう。しかし、主役の大太鼓は消えたままだ。
やけにでっかいやぐらも、寂しそうに建つばかり。


「…」


そのやぐらを見て、マユコさんが首をかしげた。


「どうしたのマユコさんー?」
「いえ…あのやぐら、今年はいつにもまして大きいなあと思いまして…」
「いつもは違うんですか?」
「昨年はもうちょっと小さかったですね、きっと作った人が張り切ったんでしょうね」


マユコさんはうふふと笑っているが…あのやぐら、何だか大きな太鼓でもすっぽり入りそうな大きさである。
これは怪しい。中が見えないように布が被さっているのもとことん怪しい。


「これほど怪しい場所はないよな…」
「行ってみよう」
「え?やぐらに行くんですか?」


さっぱり分からないらしいマユコさんを連れてやぐらに近づいてみると、横からさっと何者かが現れた。


「こら、踊り子がやぐらに近づくんじゃない!」
「今太鼓盗んだ旅人が逃げ出してるんだぞ!踊り子のテントの方に避難してるんだ!」
「さあいったいった!」


よく見たら5人を牢屋に入れた町人たちだったが、何故かこっちに気付かない。クロまでいるのに気付かない。
他人から見たらそんなもんなんだろうか。
と、そこでマユコさんが町人の中の1人を指差した。


「あっあなたはケン!一体今までどこに行ってたの?!」
「「恋人?!」」
「何だマユコじゃないか!そうか、今年も踊り子になるんだったな、忘れてた」


ケンはデヘデヘしながら踊り子姿のマユコさんに近づいていった。どうやら話の通りマユコさんにベタ惚れらしい。
その前にバッと華蓮が立ちふさがった。


「な、何だよ」
「あなたが大太鼓を盗んだ真の犯人ですね」
「「何ぃ?!」」


驚いたのはケンと一緒にいた町人だけであった。マユコさんは静かにケンを見つめている。


「な、何馬鹿を言ってるんだ!盗んだのは旅人だって…」
「そうやって他の人に吹き込んだのもあなたじゃないんですか?」
「…!」
「そして数日前、マユコさんが太鼓が好きだということを聞き出したあなたは…」


と、そこで華蓮がさっと手を振り上げる。同時にクロとウミがバッとやぐらの布を取り去った。
その中に現れたのは…!


「このやぐらに、太鼓を隠したんです」
「…」
「この後、マユコさんにプレゼントしようとしたんですね」
「ケン…まさかお前…!」
「だからこの前いきなり『やぐらはおれが建てる!』とか言い出したのか…?」
「しっ証拠は!証拠がないだろう!」


「何だかファンタジーというより推理小説みたいだ…!」と、あらしはハラハラしながら華蓮を見守っている。


「確かに証拠はありません、しかし…あなた、マユコさんに嘘をついてまでプレゼントがしたいんですか?」
「…っ!」


迷うケンに、華蓮はさらに追い討ちをかけるために顔を寄せてひそひそ話しかけた。


「ここで白状してしまいなさい、マユコさんに慰められるかもしれませんよ」
「!!」


ケンは、それを聞いた瞬間その場に土下座していた。


「すっすまないっ!おれは…おれはただ、マユコのためだけを思って…!」
「ケン!」


マユコさんはすぐにケンの元へと駆け寄った。


「私はそんなものいらない!いらないの!ただケンがいてくれればそれで…!」
「…!マユコ…!」
「ケン…!」
「一件落着、ですね」


ふっと仁王立ちで笑う華蓮に、4人はパチパチと思わず手を叩いていた。
マユコさんとケンは昼のメロドラマのように抱き合っている。愛、か。



かくして、祭りは予定通り行われることになった。
もちろん5人も疑いが解けて、町から謝罪された。これで本当に一件落着だ。


「ああ、何だかドッと疲れたよ」
「…あれ?着替えちゃったんですか?」


華蓮の言うとおり、あらしもウミもクロもいつもの服装に戻っていた。
さすがにあのままじゃ居た堪れなかったのだろう。


「残念ー可愛かったのにー」
「シロ、それは本気で言ってるのか?」
「オレは頼まれればまたやってやるけどよ!ぎゃははは!」
「そんな命知らずいないですよ」
「そういや日の出はまだなのかな?」


時間的に、もうすぐ日が昇ってくるはずである。その証拠に、人も集まりだしてきた。
大太鼓の前にも男の人たちが集まってきた。あの人たちが日の出と共に太鼓を叩くのだろう。


「新年がやってきた時の挨拶があるんですよ」
「へー、また挨拶も別にあるのかー」
「じゃあさ!日が出たら皆でご挨拶ねー!」
「たまにはいいな、そういうのも」
「よーし、日の出に向けてカウントダウンだなっ!」


山のふちが明るくなってきた。それを眺める人々の顔も、心なしか輝いているように見える。


旅人には1年の終わりなんて関係ない。
しかし、その1年の中で人々は生きていく。旅人だって旅をして、色んな出会いを繰り返すのだ。

たまには心を入れ替えて新しい年というものを迎えても、いいではないか。


「新年まで秒読みだー!」
「5ー!」
「4!」
「3っ!」
「2!」
「「1!」」


ドーン!


新しい光と共に、ビリビリと地に響くような心地よい大きな音が町に広がる。


「「あけましておめでとう!」」


今年もよろしく!

04/1/1











あけましておめでとうSOAニューイヤースペシャルッ!
の提供でお送りしました。(長)おお、今回は話が長い…。

なわけで、お正月フリー小説でした。今はフリーじゃないので。
あ、でも言ってくれればいくらでも差し上げますはい(意味無し)無断はだめですよ一応。
…というか、ファンタジーなくせになんちゅうストーリー…またもや戦闘無し。