死神と少年 −月は見ていた−



夜、何故だか寒いような心寂しい想いを感じた少年は、ベッドの上で目を覚ました。
不思議に思ってベッドの下を覗いてみれば。
そこは、ものぬけのカラだった。


「……!」


驚いた少年は急いで部屋を見回した。椅子の上でコバが丸くなっているのを発見して少し安心する。
次に、壁に立てかけてあった鎌を見つけた。
いつも肌身離さず持っているあの鎌がここにあるという事は、どこにも行っていないという事。

では、一体どこに行ってしまったのか。

少年は我知らず、窓に近づいていった。外を見るにはここが一番良い。


「……死神…?」


小さく呟き、窓に手をかけた、その時。

窓が、風と共に開いて、


「呼んだかい?」


夜空をバックに、こちらへ微笑む死神の姿を少年に見せた。


「…な…?!何してるんだよ…!」
「少々空を見ていたのさ。何だい?自分がいなくて寂しかったのか?」
「ちっ違わい!……ただ…」


少年は、ニヤニヤこちらを見てくる死神から顔をはずして、拗ねたように言う。


「いきなり消えちゃったから…びっくりして…」
「……」


死神は、少年の横顔を黙って眺めていた。その瞳が思ったよりも悲しそうに揺らいでいたからだ。
少し反省した死神は頭を1つかくと、さっと手を広げた。
いきなりの行動に少年が驚いている間に、



「それじゃあ、君と消えてしまおうか」



人攫いのように少年を抱え込むと、窓から外へ飛び出していった。



「……ひっ…!」
「大丈夫。落ちないから」


気がつけば死神は、屋根の上に立っていた。どうやって窓から屋根へ登ったのか、少年には分からない。


「ここからさっきまで夜空を眺めていたんだが」
「ちょ、ちょっと!高いよここ…!落ちたら死んじゃうよ…!」
「意外と大丈夫だぞ?ほら、立ってごらんよ」
「む無理無理!滑っちゃうよ!」
「やれやれ。それじゃあ、ちょっと座ってごらん」


ぐいっと死神に引っ張られて、少年はしりもちをつくように屋根の上へ腰を下ろす。
何?と思っている間に、背後からにゅっと出てきた手に胴を羽交い絞めにされてしまった。
よく見たら、左右に死神の足がやはり背後から伸びている。

つまり…今のこの状態はもしかして…、抱え込まれたまま座っている?
イコール、死神の腕の中状態?


「ぎゃーっ!なっ何するんだよー!」
「何って、君が怖がるから落ちないように、ね」
「もういいもう大丈夫だから放せー!」
「いいじゃないか。温かいんだし」


まったくお構いなしの死神に、少年はとうとう抜け出すのを諦めた。そうすると、今のこの状態が結構心地良い事に気づく。
そうしていると、死神が少年を抱きしめたまま頭にあごを乗せてきた。
少なくとも死神が少年よりも体が大きい証拠だという事に気づいて、少し悔しい。


「どうだい。綺麗な星空だろう?」
「え?……あ…本当だ…」


言われて空を見れば、底には無数の星々が瞬いていた。最近こんな風に夜空を見上げる事も無かった。
自分が夜眠っている間に、空ではこんなに美しいショーが開かれていたのだ。
死神は、さっきまでどんな事を思いながらこの空を眺めていたのだろう。


そこまで考えて、少年はどうしようもない寂しさを感じた。

自分は死神と一緒じゃないとこの空を見れなかった。
しかし死神は、この現実とはかけ離れた静かな空間で、1人、空を見ている事が出来たのだ。
たった、1人で。


きっと死神は、いつか1人で消えてしまうのだろう。さっきのように。

少年を置いて。



「……どうした?」


死神がそっと尋ねてきた。少年の体に巻きつけていた右腕を、顔の方へ持ってくる。
少年の瞳は潤んでいた。


「…死神はさ…僕がどんなに手を伸ばしても、全然届かない所にいるんだよね…」
「……」
「それで、1人でも生きていけるから、1人でどこかへ行っちゃうんだね」


死神はただ黙って少年の涙をぬぐってやる。その後、


「貸してごらん」
「え?」


少年の右手をひょいと持ち上げてみせた。
わけが分からず少年がされるがままにしていると、そのまま手が後ろへと運ばれて、そして、



死神が優しく、手の甲へとキスをした。



「……っ?!」
「どうだ、この手は自分に届いたぞ」


けろりとした表情で死神が満足そうに言う。
顔を赤く染めて口をパクパクさせる少年に、死神は柔らかく微笑んだ。


「さっきは勝手にいなくなってすまない。今度からは勝手にいなくならないよ」
「……本当に?」
「本当だ。この星々に誓おう」
「1人で、消えていったりしない?」
「ああ。1人で消えていったりはしない。…消える時は……」


死神はすがるように、ぎゅっと少年を抱きしめて言った。


「君を一緒に、連れて行ってしまおう」


少年は回ってきた手を大切そうに握り締めた。寂しさなんて、どこかへ消えてしまった。

今は、体も心も、全てが温かい。


「いいよ」
「本当に?」
「本当だよ。この星々に誓う。…だけど……」


少年は死神の手を握り締めたまま、体ごと後ろへ振り返った。


「それまでは、一緒にここにいてよ」


死神はその言葉に答えるように、愛しそうに顔を寄せた。


「もちろん」



月は、恥ずかしそうにその体を糸のように細くさせて、星の海の上に浮かんでいた。

04/08/28
















もう二度と書くまい…。_| ̄|○