ハロウィンという日がどんな日なのか、詳しくは知らない。
日本語訳すれば「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ」とか脅迫まがいな台詞を吐きながら、色んな仮装をした子供達が家に押しかけてくる日、としか認識していない。
だから、パンプキンパイを食べて少し宿題をした後、少年はすぐにベッドに入って眠ってしまった。

背を向けて座り込む死神が、オレンジ色の何かを手に持っていることにも気づかずに。



   空飛ぶカボチャと夜の夢



ベッドに横になっていた少年は、何かコツコツとかいう音に気が付いた。
体を起こしてみると、どうやら窓の外から誰かが窓を叩いているらしい。少年は寝ぼけ眼で窓を開けた。すると、


「よっす。トリックオアトリートー」


すごくやる気のなさそうな動作で挨拶してくるのは友人だった。何故か重傷患者のように全身包帯グルグル巻き状態だ。
巻かれていない所といったら、顔とその他一部だけだろう。少年は首をかしげた。


「どうしたの、こんな夜中に」
「だから、トリックオアトリートって。菓子くれよ」
「えーっと……」


少年がモタモタしていると、痺れを切らしたミイラ友人がカボチャを投げつけてきた。


「遅いっ!これでも喰らえ!」
「うわっ」
「じゃ、俺はハロウィンパーティに行くからな」


そのまま友人は包帯を鳥のように羽ばたかせながら夜の空へ飛んでいってしまった。
少年が自分の顔より少し大きめのカボチャを手に窓を閉めると、すぐにまたコンコンと叩かれた。
次に顔を出してきたのは、マキちゃんだ。


「トリックオアトリート!」
「……え、誰?」
「私はマキちゃん!魔女でーす」


箒に乗ってとんがり帽子を被ったマキちゃんは、ニッコリ微笑むと両手を差し出してくる。


「だから、お菓子ください」
「あ、ちょっと待ってて」


またカボチャを投げられないように少年は急いで机に近付いた。
机の上にちょうど置いておいた教科書を手に取ると、マキちゃんに差し出す。


「はい」
「あ、何て美味しそうな教科書!いただきまーす」


教科書をガリリと噛んだマキちゃんは、すぐに涙目でペッペッと吐き出した。


「これ私の苦手な理科だ!不味い!」
「ご、ごめん。僕は得意なんだ」
「これはお返しします!」


教科書を手渡したマキちゃんは手に持っていた杖をチンチクリンと回した。途端に、手の中のカボチャがドドンと巨大化した。


「うわあっ」
「えーん、国語の方がよかったー!」


少年がカボチャを取り落としている間に、マキちゃんは箒に乗ってどこかへと飛んでいってしまった。
少年は何とかカボチャを乗り越えて窓を閉める。するとまたコンコンとノックの音が。


「トリックオアトリートッ!こんばんは私の王子様!」
「うっ、君は……」


そこには、怪しい仮面を被り何故か赤い液体の付着したチェーンソーを手に持った少女がいた。


「別に夜這いしにきたわけじゃないですよ!ただ、お菓子を貰いにきたんです!」
「わ、わかったからそれ振り回すのはやめてお願い」


少年はチェーンソーが当たらないように移動すると、クッションを手に持った。そのまま少年はジェイソン少女にそれを投げる。


「これ、どうぞ!」
「きゃー!クッションだわ!」


歓声を上げた少女はさっそくクッションをチェーンソーで真っ二つにした。
すると中から出てきたのは、とても美味しそうな色とりどりの小さなカボチャ。
少女はカボチャを何個か掴み取ると、そのままボリボリと食べ始めた。


「んーっ!さすが私の王子様!美味しいーっ!」
「うわわっ」


少女は感激のあまり、どこかの誰かさんのように勢いよくチェーンソーを振り下ろした。
そのショックで大きな巨大カボチャは綺麗に真ん中でスパンと割れてしまう。カボチャの中には、パンプキンジュースが詰まっていた。


「私もう死んでもいいかもーっ!きゃー!」


少女は叫びながら空を駆けていった。ホッと息をついた少年はすぐに窓を閉めようとする。
しかし、窓から手を放す前に大きな声で呼び止められてしまった。


「おーいそこの少年ー!トリックオアトリートー!」
「キャンキャーン!」


近所迷惑だなあと思っていると、少年の目の前に真っ白いものが現れた。それは何と巨大白犬ココロであった。
ココロの上に乗っているのは、頭にどでかいネジが刺さっている体育会系フランケン男だ。


「実はココロがお腹をすかせているんだ!お菓子でも何でもいいからくれー!」
「クウーン」
「あ、じゃあこれどうぞ」


少年はちょうど良いと、割れたカボチャの片方を持ち上げて窓から出してやった。
それに反応したココロがパンプキンジュースに飛びついてくる。


「キャン!キャンキャン!」
「おおーっ!良かったなあココロー!」


ココロはよほどお腹をすかせていたらしく、カボチャの殻ごとバリボリと飲み込んでしまった。


「ありがとうそこの少年!さあ行くぞココロ!」
「キャウーン!」


元気を取り戻し走り去っていくココロと体育会系男の背中を見送った後、少年はゆっくりと窓を閉めた。
が、何かを思い出したもう一度開けてみる。窓枠に、人間の手がしがみついていたのだ。
少年が下を覗きこんでみれば……。


「あっキュウちゃん」
「ト、トリックオアトリート……って俺はキュウちゃんとかいう名前じゃないっ!」


まんま吸血鬼キュウちゃんはぐったりしながらも自力で這い上がってくる。
キュウちゃんは、青い顔のままプルプルと手を差し出してきた。


「さ、さあ、何かくれ。出来ればトマトジュースで」
「そんなもの無いよ。今日はハロウィンだもん」
「じゃああるものでいいからくれ!今すぐ!」


切羽詰ったような様子のキュウちゃんに、少年はもう片方のカボチャを差し出した。
するとキュウちゃんは嬉しそうに口からストローを出してくる。


「おおパンプキンジュース!トマトの次に好きだ!」


チュウチュウと吸血コウモリのようにパンプキンジュースをストローで吸うキュウちゃん。
パンプキンジュースはすぐに無くなり、カボチャの殻だけが残った。


「ああ生き返った……!っと、こんな時間だ、遅れてしまう!」


やたらと慌てた様子でキュウちゃんは夜の闇にその黒い体を溶け込ませてしまった。
カボチャの殻を持ったままの少年は、すぐに窓を閉めた。しかし、

バリン!


「ひえっ!」


何と窓が割れてしまった。びっくりして少年が外を見れば、そこにいたのは、


「やあ、トリックオアトリート」
「……死神?」


少年はその聞き覚えのある声に、しかし眉をしかめて尋ねる。
そこにいたのは、プカプカと宙に浮く鎌に偉そうに仁王立ちした、黒い服を着たカボチャ人間だったからだ。
……多分、死神がカボチャを頭に被っているのだろう。


「どうしたのその頭」
「今日はハロウィンだ。それならば、カボチャを被らねばなるまい」
「ふーん」


よいしょとカボチャを頭の上にあげた死神は、プカプカ浮いたまま少年に急かすように声をかけてくる。


「君こそ何してるんだ。早くしないと遅れるぞ」
「え?」


少年はそれを聞いていきなり焦り始めた。ああ、遅れてしまう、どうしよう。


「さあ、早く早く」
「でも僕、飛べないよ」
「何言ってるんだ。そのカボチャに乗ればいいじゃないか」


少年はあっとカボチャを見た。カボチャはちょうど少年が乗れそうな大きさだ。


「カボチャなんだから、それは飛べるだろう」
「そうだね」


いそいそとカボチャに乗り込む少年。するとコバがやってきてカボチャをぐいぐいと引っ張ってくれた。
窓から外へ飛び上がりかける少年を乗せたカボチャ。


「さあ行こう」
「ニャア」


被ってたカボチャを投げ捨てスイーッとまるでサーフィンに乗るように出発する死神に続いて、コバが引っ張るカボチャも空を飛ぶ。
少年は辺りを見渡した。周りには、いつの間にか無数のカボチャたちがついてきていた。


「皆一緒に行くの?」
「もちろんだ。今日はパーティだからな」


やがて周りのカボチャたちが光りだした。それに答えるように、地上からもオレンジ色の光が放たれる。
光を放つのは、大きな大きなパンプキンパイ。あれが今夜のパーティ会場だ。
ミイラ友人も魔女マキちゃんもジェイソン少女も体育会系フランケン男も吸血鬼キュウちゃんも、皆揃っている。
気取ったようにシルクハットを被っていた死神が、パッと帽子を高く上げた。


「ハッピーハロウィン!」
「「トリックオアトリート!」」


皆が、カボチャが、声をそろえる。それに負けじと少年も声を上げた。


「トリックオアトリート!」


すると、天からカボチャのお菓子が降ってきた。空からお菓子のプレゼントだ。まるでオレンジの雪のようにちらちらと少年へ降り注ぐ。
少年が1つ口に含むと、ふんわりとカボチャの味が広がって、甘い。


「さあ、パーティを楽しもう」
「うん!」


微笑む死神に少年は頷いた。パーティは、まだ始まったばかりであった。





「………」


天井が見えた。カボチャ色の夜じゃない。
布団を被る自分の体を見下ろした。カボチャに乗っていない。
口元に手を当てた。カボチャの味がしない。

少年は、目を覚ましていた。


「おはよう」
「……おはよう」


ベッドの下から半分体を出した状態の死神に少年は挨拶を返した。目をごしごしとこすりながら、さっきまでの光景を思い出してみる。
……という事は、あれは夢?


「……って、当たり前だよ……」


カボチャが空を飛ぶわけ無いじゃないか。夢の内容に少年は呆れた。いくら昨日がハロウィンだったからって、あの夢は無いだろう。
でも、少し面白かった。少年は心の中でこっそりと笑った。


「さあ、朝ごはんだ」
「うん」


朝ごはんが大好きな死神の後ろに続いて少年も部屋を出ようとした。
しかしその前に、死神が一度だけ振り返ってくる。


「面白い夜だったな」
「うん。……えっ?!」


少年が声を上げたときには、死神は正面を向いてさっさと先に行ってしまっていた。
それを見て慌てて少年も階段を下りる。


そう、あれは夢だ、夢だったんだ。少年は朝ごはんのパンプキンパイを眺めながら必死に自分に言い聞かせる。
昨日の残りのそれを、少年はともかく、死神もあまり食が進んでなかったのにも気づかずに。





「なあ聞いてくれよ。昨日カボチャの夢見たんだよカボチャの」
「え、嘘?!」


「マキちゃん聞いて聞いて!私、王子様とカボチャの夢見ちゃったー!きゃー!」
「え、そうなの?!すっごい奇遇だね、私も……」


「いやー!ココロに乗る事も出来たし、実に愉快なカボチャの夢だったなココロー!」
「キャンキャン!」


「確かにトマトの次にカボチャが好きだが……!いやいや俺はキュウちゃんじゃない!」


「ニャーン」


この街の何人かが同じ夢を見ていた事にも、少年は気づかないままだった。



空の上で、空飛ぶカボチャが笑ったような気がした。

04/10/16
















カボチャ飛びすぎ!意味不明系死神と少年ハロウィン限定小説!
の提供でお送りいたしました。今回はちょっとデザインをこだわって?みました。黒背景ですいません……。
ハロウィンと言えば吸血鬼だろ!という事で、キュウちゃんは特別出演?です。もっと死神をおかしくすればよかった。

なお、ほとんど意味を成さないフリー小説でしたが、現在は違いますのでご了承下さい。
連絡してでも持って帰りたいなとか血迷った方々がいらっしゃいましたら連絡ください。そしてどしどし持って帰ってください。
フリーの意味無しっ!